なれずしと納豆は、日本のこれからを救う架け橋になる!?

こんにちは(・∀・)ノシ

「なれずし」と「納豆」という、日本人にとって切り離すことのできない発酵食品について、あらためて調べてみました。

そこで気づいたのは、人間はやっぱり自然とともに生きているのだということでした。

まあ、ふだんより少しかしこまった話になりますけど、ぼくが都市生活をなげうってまで貧農を続けていることに通じる話です。

今日はなれずしと納豆の話を通じて、日本のこれからを語るという大風呂敷を広げてみましょう。

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納豆の話

納豆

上の画像は、みなさんおなじみ納豆です(b´∀`)ネッ!

納豆は日本独自の食品のようにお思いかもしれませんが、大豆の発酵食品という広義の意味での納豆は、世界各地で作られています。

『納豆の起源』という本によると、納豆は中国南部から東南アジア大陸部とヒマラヤに拡散したのだそうな。

納豆文化が中国から東南アジアに伝わっているのに、インドやシルクロードを通らなかったのは不思議ですが、どことなく仏教が伝播していった経路と似ているようにも思えます。

仏教がその起源であるインドでそこまで定着せず(インドではヒンドゥー教が圧倒的多数を占める)、中国や東南アジアで定着していったのと、納豆の定着した場所がよく似ているのです。

しかるに、日本に伝わっている納豆も、仏教と同じく、大陸からの文化のひとつとして日本に伝わり、いつしかあの日本独自の納豆として成立したと考えるのが自然でしょう。

各地の納豆の作り方をみると、日本だと柔らかく煮た大豆を稲わらに包みますよね。

これがアジアに行くと、シダの葉っぱで包むという地域もあるそうです。

藁とシダでは植物の持つ菌が違うでしょうから、発酵の形も変わります。

それでも大豆を発酵させて保存食にすると同時に、健康に役立てるという発想は同じです。

東南アジアの納豆は糸を引かないものが多いそうです。

日本でなじみがあるのは、インドネシア発祥の「テンペ」ですね。

これはテンペ菌という納豆菌とは異なる種類の菌を用いた大豆発酵食品なのですが、なんとテンペにもナットウキナーゼと同じ、血栓溶解の作用があるのだそうです。

もちろんアジアの納豆の中には糸引き納豆もあるといいます。

アジアに伝わる納豆に多様性があって、かつ作り方に「その土地の色」があるのはおもしろいところですね。

大豆を栽培、収穫して、その土地にある植物を上手に利用して発酵させる。

その知恵が人間の健康な生活に利用され、よその地域にも伝わり、人間文明の発展に寄与している。

その土地に根差して生きる人がいなければ、このような食文化は生まれなかったでしょう。

ぼくはつくづく、人間が地に足をつけて生きるということ、その場所の土の上で、その場所の植物の中で生きるということは、現代文明の中でコンクリートの上で、工業食品の中で暮らすわれわれが、もう一度見直さねばならないことだと思うのです。

なれずしの話

なれずし

で、こちらはなれずし。

なれずしとは、今のおすしのルーツのようなものです。

現代のおすしは、ご飯にお酢と調味料で味を付けて殺菌し、保存性を高め、そこに生魚をのせたり巻いたりして食べます。

一方なれずしはお酢は使いません。

乳酸発酵のチカラを利用することで、酸度を高めて保存性を高めるのです。

近畿を中心に各地でこの手の発酵食品が伝承されていますが、代表的なのは琵琶湖で作られる「鮒ずし」でしょう。

鮒ずしは、二ゴロブナを塩漬けにしてから塩抜きし、ご飯と一緒に漬け込みます。

半年ほどすると、ご飯は微生物分解によってとろけ、なれずしへと変化します。

ご飯と魚を利用しているのはおすしと同じですが、細菌を利用して発酵させてしまうというのが、現代のおすしと決定的に違う部分ですね。

発酵食品は、本来の食品を食べるだけでは足りない微生物の酵素や、微生物が生成したビタミンを摂取できます。

これは大いに人間の健康を増進してくれます。

鮒ずしが作られていた時代は、今のようにサプリメントもなければ、食品が好きなだけいくらでも買える時代でもありません。

その土地にあるものでどうにかして様々な栄養を摂取しなければならなかったのです。

なれずしは当時の人々の健康に大いに寄与して、生活の質を高めたことでしょう。

さて、このなれずしですが、琵琶湖であれば二ゴロブナを利用してますが、奈良県だと柿の葉寿司、福井県ではさばのへしこなど、その地に適したやり方で作られてきました。

納豆と同じく、ざっくりとした製法が伝えられることによって、今度はその土地に住む人が工夫して、その土地の自然を上手に利用して伝承を生かしているわけです。

最近はどこも土地の色がなくなって、画一化されています。

同じような街並み、同じような景色、同じような言葉、同じような文化。

全国統一的に文化を共有することで、コストを低減し、管理をしやすくし、われわれの暮らしは均一化され、便利になりました。

けれどそれは多大な恩恵をもたらした反面、失ったことも多いのではないかと思うのです。

土地に根差した文化が断絶してしまう

グローバリズムの時代が頭打ちになりました。

日本人は戦後、世界をまたにかけるような生き方をしてきたし、その恩恵は高度経済成長やバブル経済などでたっぷり受けてきました。

が、そのために地域のつながりや技術の伝承といった、重要だとわかってはいるけれど、わずらわしい事柄を犠牲にしてきました。

かつては家の作り方にもその土地の色があって、各地の風景はその土地独特の風景でした。

その土地の土を使って作られた土壁。

その土地にある竹を使った竹小舞。

その土地にある木材を利用した家づくり。

けれど今やそんな作り方をする家はどこにもありません。

新しく作られる家は、快適に暮らすことがいちばんに考えられた、清潔で画一的なものばかりです。

木材は海外から輸入し、板の大きさも規格で決められています。

生活に必要な材料を海外に頼ることも当たり前になりました。

外貨の差額を考えれば、海外のほうが安くて大きな生産力が得られるからです。

しかし、そういう時代がずっと続くでしょうか。

日本では少子高齢化が進み、世界の経済的勝ち組としての地位には暗雲がかかっています。

海外から、安いモノを仕入れて生活するのが当たり前、という暮らしは、今後もずっと当たり前でいられるでしょうか。

当たり前なことが当たり前でなくなる日が来る、という意味では、AIが今後人間の生産力を代替する日がやってくることも考えねばなりません。

AIが人間のこれまでの労働を肩代わりしてしまったとき、われわれはこれまでの貨幣経済の枠組みとは違う生き方について考えねばならなくなります。

そのときになれば、これまで見捨てられてきた山間部の生き方が、再び注目を浴びることになるでしょう。

貨幣経済とグローバリズムが頭打ちになれば、われわれはまた地域社会の中でナショナリズムに回帰することになります。

ぼくは、地球の環境そのものを上手に利用しながら暮らしていくというライフスタイルが見直されるときが必ず来ると信じています。

そのときいちばん重要な役割を担うのが、これまで日本人が受け継いできた、その土地に合わせた暮らしです。

土地に根差し、土地にあるものを有効利用しながら、貨幣経済に頼らず暮らしていた人々の生活や知恵が断絶したら、時代をつないでいくことができなくなってしまいます。

そして、その断絶はすでに起こっていると考えていいでしょう。

今われわれはもう一度、「自分の土地のありように合わせて暮らす」ということの意味を再考すべきときにきています。

たかが納豆となれずしでたいへんな大風呂敷を広げたな、と思われるかもしれませんが、これらの独自の食文化、多様性は、画一的な社会の中では生まれ得ないものです。

画一的な社会では、スピーディに情報共有ができるし、みなが同じようなものを安価に手に入れることができます。けれど、その土地特有の新しい自然的文化が生まれない。

お金にはならないけど、その土地で大事にされながら伝わってきたものが、今断絶して失われようとしている。

それはとてももったいないことです。

けれどそんな中で、食文化に関しては戦後にも断絶が起こらず継承されているケースが多いんですよね。

だから、日本が失いかかっているものを理解してもらうには、こういった食文化をとっかかりにするのがいいのではないかと思います。

なれずしや納豆は、日本のこれからを救う架け橋になる!!

……

…………。

とここまで書いて、疲れてしまいました(笑)

まあそんなに難しいことをいつも考えてるわけじゃ
ないのだd(・c_・`。)ヨッ

楽しい田舎暮らしをしながら、ついでにこの土地らしい生き方をつないでいけば、自然と人がそのバトンを受け取ってくれる。

そんなことを思う、今日この頃なのでありました。

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