日本の野菜の種が海外で売られるのは「いいこと」なのか!?

(´・∀・)p[☆。・:+こんにちゎ*:+:・゚☆]q

ちょっとびっくりしたんですけど、こんな記事を見かけました。

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日本の種 海外で売れるんです それもそのはず

https://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2018_0502.html

「韓国のイチゴがとてもおいしかった!」
ピョンチャンオリンピックでカーリング女子チームの選手が食べたイチゴが、もともとは日本で開発された品種が持ち出されたものだったことで、品種の海外流出の問題がクローズアップされました。
実は、日本の野菜・果物の品種開発力は、世界でもトップクラスにあるのだそうです。このため、日本の品種を積極的に海外に持ち出して売り込もうという動きが本格化しているといいます。いったいどういうことなんでしょうか?

記事によると、日本の野菜の種を海外に輸出しようというんですね。

で、大手商社と種苗会社がタッグを組んで、海外に売り出す戦略を立てているというんですが、なーんか、なんでしょうね。このいやーな感じ。

どうしてこんないやな感じがするのか、いろいろと考えてみたのですが、もう日本って、自分たちがこれまで築いた知識や技術を、貯金を切り崩すように他国に売っていかないと、やっていけないのでしょうか。

このいやーな感じの出どころは、日本が「技術の貯金」を切り崩していく様子をみるのがつらいのと、その切り崩した貯金を、大手商社が牛耳ってしまうところにあると思うのです。

記事ではF1種子(一代種子)を輸出するから乱用されることはない、というんですが、これはまったく信用なりません。

固定種(昔ながらの在来の種)の販売で有名な野口種苗さんのところでは、F1品種の桃太郎トマトの種を固定化することに成功して、それを販売してます。

海外では日本の柔らかくておいしいキャベツに需要があるというんですが、これも努力して十年も固定化の努力をすれば実現できるでしょうし、現地の市場に出回っちゃうでしょう。

日本人は大昔からキャベツ(ケールなどの非結球のものも含む)の品種改良には熱心で、たとえば葉牡丹は、江戸時代に日本人が作り出した観賞用のキャベツなんですよね。

まあ葉牡丹はあんまり関係ないけど、食用キャベツにしても日本人がずーっと長い間かけて品種改良した技術を、大手商社が海外に売り渡してしまうなんて、もったいない話だなあと思います。

零細の百姓は、自分のことを考えよう

まあ、こういう大きなことを取り上げても、ぼくが野菜作りをすることで何か変わることはありません。

ただ自分の畑の土で、野菜を作って、それを売る。

ぼくの作った野菜を買って、食べてくれた人が「ああ、おいしいな」と思ってくれたら、それでじゅうぶんです。

よその国で日本の種がどうなろうと、それ自体はぼくの生活にはまったく何の影響もありません。

ただ、ぼくが野菜作りをするのだって、自分のチカラ一つで何もかもやってきたわけではなくて、先人の苦労を引き継いでいる部分があるわけです。

ぼくとは血のつながりもない誰かが、ここの土地で難百年も暮らしをつないできて、その一端を今、ぼくが担わせていただいている。

そういった連綿と続いてきた先人の苦労の中には、その土地に適した種の継承や、それをF1品種にブラッシュアップしたりといったことも含まれます。

そういった日本人全体の歴史的な苦労が、現代では大企業に集約されて、われわれのあずかり知らぬところで海外に渡されてしまうというのが、どうも納得いかないんですよね。

まあ、ちょっと偏狭な論調になっちゃいましたけど、やっぱりだからといってぼくの生活が何か劇的に変わるといったことではないんですよね。

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