野菜を「育てる」むずかしさ

(*´・∀・)p[☆。・:+*こんにちゎ*:+:・゚☆]q

野菜は、種を土の上にパラパラっとまくだけでも、育つには育ちます。

肥料も何もやらずに、雑草の処理もせずに、種をまくだけでも、運が良ければ収穫までこぎつけるでしょう。

何なら種さえまかなくても、日本ではよほど痩せた土地でなければ、どこの野山でも勝手に植物が自生しています。

そういう意味では、野菜作りは楽なんです。むずかしく考える必要はまったくありません。

しかし、「野菜をどう作りたいか」ということでルールを加えていくと、どんどん難易度があがっていきます。

たとえば、「80パーセント以上きちんと収穫ができるようにしたい」とか、「病気のない野菜を作りたい」、「生育をそろえたい」、「虫食いがないようにしたい」といったことを課題にし始めると、野菜作りはとたんに難しくなるのです。

さて、日本人は農耕民族といわれてますが、日本の農耕の歴史はせいぜい数千年です。

地球規模でみると、最終氷期から温暖期に入ってから……つまり20000年ほど前から農耕の原形のようなものがあったという説がありますが、中国では10000年ほど前に稲作をしていた形跡があることは、発掘調査で明らかになっています。

日本では最近では縄文時代にはすでに農耕が始まっていたといわれています。このころの農耕というのは、つまり「種をまく」という行為ですね。

ある場所に種をまく、そして雑草を取り除く、収穫する、といった程度の農耕だったはずです。

そういう、つまり人間がほしい野菜を、種をまいて育てて収穫する、という農業の原始的な行動をしていたのがそれくらいの時期で、そこから長い間、人間は縄文時代からたいして大きな発展のない農業を続けます。

百人一首の一番歌は、「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」ですが、これは天智天皇が農民の苦労について詠んだものとされています。

かんたんに翻訳すると、「秋の田を見張る仮の庵(小屋)にいるが 屋根を葺いている苫が荒いので、わたしの衣の袖は濡れていくばかりだ」というものです。

この農民は、秋の刈り取りごろの田んぼを見張るために、わざわざ小さな小屋を作っています。そして何を見張っているのかというと、お米を盗む泥棒がいないかとか、猪や鹿がお米を荒らしたりしないかといったことを監視してるんですね。

それでも、小屋の作りが甘いので、夜露や雨をしのぐことができない。寝ずの番をしている農民の衣は濡れていくばかりだというのです。

今ではさすがに刈り取り前のお米を盗む人間はみかけませんし、田んぼに「かりほの庵」を作る人もいませんが、昔はそれだけお米を栽培することがたいへんだったということがわかります。

その間、おそらく農耕にたずさわる人たちはみな、もっと効率的な農業について考えてきたはずです。

ひと世代を20年とした場合、数百世代のご先祖様が、「虫食いのない収穫ができるようにしたい」とか、「収量を最大にするにはどうすればいいか」といったことで頭を悩ませてきたわけです。

トラクターなどの農耕機械が誕生したのは、せいぜいぼくらよりひと世代前までです。

ふた世代さかのぼると……つまり祖父母の時代には、田んぼの除草には鯉の稚魚を放していたといいますし、田んぼを耕すときには牛を使っていたと言います。

もちろん牛を使えるような百姓は、百姓の中でもぜいたくな人たちで、たいていの人たちは、手で使える道具を使いながら、家族総出で米作りをしていたわけです。

野菜にしても前作で収穫した時に種を採取しておいて、土をたがやしてその種をまいて、実りを得る、ということを繰り返してきました。

今のように交配種が出回っているわけでもなければ、苗を販売している業者がいるわけでもなく、農業技術がインターネットで共有できるなんてこともありません。

百姓は「領主←地主←小作人」という狭い関係の中でともかく一年を無事に暮らせるように、綱渡りのような暮らしをしていました。

で、お米もそうですが、野菜生産の効率性が飛躍的に上がったのは、戦後の、それもここ半世紀くらいの話です。

重要なのは、4つ。

「機械の進化」「農薬・肥料の流通」「種の進化」「情報の共有」です。

この4つの要素が、今の野菜生産の効率を飛躍的に向上させた。逆に言えば、この4つの要素を利用しないことには、今の百姓は成り立たないということです。

昔はこの4要素がなかったから、神様にお祈りをしなければなりませんでした。

どうか一年間、無事にお米が育ってくれますように。雨が降りすぎず、野菜が健やかでいてくれますように。晴れすぎず、降りすぎず、天気が穏やかであってくれますように、と。

この神頼みにすがるしかなかった農業が、今や種が進化し、農薬がしっかりと効くようになり、全国の農家の知識が手に入るようになったおかげで、神にすがらずともじゅうぶんな収穫が得られるようになりました。

これは当然いいことなんですが、しかし商売をする農家としては、より戦略的に知識を活用する必要がでてきたというわけです。

種を土のうえにバラバラっとまいていれば、野菜はできる、という単純なところから、現代では知性と工夫が必要になってきた、という話です。

おそらく現代の百姓が野菜を育てるむずかしさは、すべてここにかかっているのではないか、と思います。

ある野菜の作り方をおぼえても、もうこれで一生同じことをやっていればいい、というものではなく、毎年毎年、微調整と新しい技術について知識を増やしていかねばならないし、昔の百姓のような「勘だより」「神だのみ」が通用しなくなってきました。

まあ、つまり何が言いたいのかというと、「現代の百姓もたいへんなのは昔とおんなじ」ということです。

気の抜けたような締め方ですが、道具が進化して、情報革命があった今も、そしてこれからAI革命が起ころうとも、人間が楽をできるなんて考えちゃいかんのです。

もっと生産力を上げるにはどうすべきか、もっと人類が植えずに暮らしていけるようにするためにどうすればいいのか、という願いは、現代に生きるわれわれも、かりほの庵で衣手を濡らしていた農民も、変わらないのです。

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