アマゾン原住民の様子を見ながら、山のサルの追い払い方について考えてみた

(´・∀・)p[☆。・:+こんにちゎ*:+:・゚☆]q

先日、NHKスペシャルでアマゾンを特集してたんです。

ネット通販大手じゃなくて、南米のアマゾンです。

Amazonじゃなくて、南米アマゾンね!!

……

……こういう説明をせねばならんのがメンドウクサイ(笑)

まあ何が言いたいのかというと、この番組をみてて、田舎暮らしの中で役立つであろう、とある知識が得られたんですよ。

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アマゾン原住民と田舎の野生動物の共通点

NHKスペシャルは大河ドラマの後に控えていますが、今回の放送はよほど力を入れた特集なのか、前日からこれまでのアマゾンを特集した再放送をしていました。

それらの放送の中に、アマゾンの未開の地に住む、絶滅寸前の原住民を取り上げたものがありました。

もはや南米でも文明の息のかかっていない部族はほとんどいないのだそうです。そして彼らを近代文明と無縁に生きてきた貴重な人間として取り上げているのですが、これが非常に興味深い。

まずは、言語が通じないわけです。

もともと部族ごとに言語が違っていて、ある程度の系には分類できるらしいのですが、言語学者も細かいところまではわかっていません。

中にはそれらの体系にもはまらず、まったく言葉が通じない原住民が現れたりします。

彼らは文明側に取り込まれることはあっても、文明におもねろうとはしないので、ずっと自分の言葉でしかしゃべりません。

向こうから歩み寄るということがないので、何十年経ってもまともなコミュニケーションはとれないままです。

おそらく具体的に彼らの言葉がどのような言語なのかということはわからないまま、絶滅を待つのみなのでしょう。

さらに彼らは、侵されることを極端に嫌います。

攻撃の意志のあるなしにかかわらず、自分の縄張りに踏み込まれるのをものすごく嫌うのです。

部族によっては、たとえ文明側の集落がこれまで食べ物を与えてくれていたとしても、少しでも自分の縄張りを調査しにきたりしようものなら、それを侵略と考えて、文明側の集落をつぶしにきたりもするのです。

彼らは知らない人間との接触に対してもおそろしく神経質です。

たとえ友好ムードを漂わせていても、知らない人がくるとしつこくしつこく「彼らが何者か」を問いただし、攻撃も辞さない態度を示します。

ぼくはそれをみながら、どうやら野生のニンゲンとはこういうものなのだろう、と感じました。

野生のニンゲンも含めて動物は、縄張りを侵されることを嫌う。

つまりそれは……。

山の動物も同じ

文明的な論理が共有できないという意味では、アマゾンの人たちと山の獣には共通点が多いです。

先日、また集落にサルがやってきて、ご近所さんなどは収穫した大豆をやられたとか、柿が食われたとか被害が出ていました。

さいわいうちは今年はサルのエサになるようなものを栽培していなかったので被害がありませんでしたが、うちの畑にも電柵の下から潜り込んで畑を荒らそうとしたことはありました。

最初はぼくが威嚇して、山に逃げるのを確認したらそれでおしまいにしていたのです。

でもそれだと、数日するとまた畑にサルが出ます。

隣の集落では山際の通り道になるところにカンシャク玉を仕掛けて、忌避効果を狙ったようですが、それにも慣れてしまって効き目がないようでした。

サルはどこまでもふてぶてしい態度です。人間が追いかけても、たいして怖くはないといったそぶりで、逆にこちらを威嚇したりするのです。

ぼくはさすがに頭にきたので、棒を持ってサルをしつこく追い掛け回しました。

山に入って、数百メートル。

棒で木を叩きながら、適当な威嚇の声をあげながら、ずっとしつこくしつこく、歩いて追いかけまわすのです。

サルは途中でこちらに歯を剥き出して威嚇したりしてきましたが、その際も棒で木を叩きながら、大声でわめいて相手を追いかけました。

すると、あれだけしつこかったサルが、こちらに来なくなりました。

日記をみると、11月22日、26日とサルが出没したのですが、26日に追いかけまわして以来、こっちには来ていません。

また来れば、追いかけまわすだけの話です。

【後日談】
あれからサルは、年が明けて3月いっぱい、現れることはありませんでした。(そのかわり今年の冬は、シカがよく現れたのですけどね)

奈良のシカが小さいのは、食べるものがなくてガリガリだったから!?

シカはシュンギクを食べなかった

サルの心理になって考えてみる

サルはややもすれば人間の住む集落まで自分の縄張りにしたいと思っていたのでしょう。

人間が住む場所は怖いけれど、食べ物は豊富にある。

だから、だましだまし、こわいけれど少しずつ侵略していって、かすめとればいいじゃないか、と。

一度縄張りにしてしまえば、次からはそこまで行くのは慣れたもの。

同じ行動をして、人間がきても同じように逃げればよい。

集団で行けば大丈夫だ。

一度逃げられたのだから、また逃げられるだろう。

サルの心理からすればそういったところでしょう。

なので、少しずつ広げていった縄張りなのに、そこを体のでかい人間が明らかに敵意を剥き出しにしながら、どんどん侵襲してきたのは、サルからすればものすごく恐ろしいことだったに違いありません。

ぼくからすると、サルがぼくに向けて威嚇してきたのは、ふてぶてしい態度のようにみえますが、実は彼らはぼくという人間をそれだけ恐れているということなのです。

だから、いくら威嚇されようと、こちらも威嚇し返しながら、どんどん山の彼らの居場所を侵襲していくことは、ものすごく効果があったのです。

これは夜行性の鹿や猪よりも、昼行性のサルに対して有効なやり方だと思います。

アマゾンの原住民を取り上げた番組をみながらぼくは確信しました。

彼らは自分たちの縄張りに踏み込んでこられることを何よりも嫌っているのだ、と。

文明人であるわれわれにはわからないこと

実はぼくらは、「みんな仲良く」「分別をわきまえて」といった社会のルールの中で生きているので、それが山の獣にも同じようにできるのではないか、と漠然と思っています。

しかしこれはほぼ不可能で、実際には、せいぜいできても餌付けが限界です。

たとえ餌付けができたとしても、それは山の獣が心を許したわけではありません。

さっきアマゾンの原住民に向けて、友好のしるしに食料を与えても、文明側の集落が襲われたという話をしましたが、山の獣も同じです。餌付けをしようと何をしようと、彼らは警戒心を解いたりはしません。

彼らはただ、エサが与えられたからもらっただけで、恩も義理も感じてはいません。彼らはただただ、生きることに一生懸命で、自分の縄張りを守ることに一生懸命なのです。

そして本質的なことをいえば、これは人間も同じです。

自分の畑に山の獣が入ってくることは許せないし、彼らが人間の生活を、たとえ無意識にせよ侵してくることは許せません。

それは人間が何者かにテリトリーを侵されることを許していないということです。

そういった動物の本能的なルールに立ち返って考えると、われわれは山の獣対策で悩まされていますが、やらねばならないのは、彼らの縄張りを徹底して侵襲していくことで、自分たちの縄張りを主張するしかないのだと思います。

原始的な手段ですが、それがいちばんでしょう。

ちょっと話を変えて

ぼくは最近、こんなことを考えます。

あと十年なり二十年なりすれば、山の獣の生息域を一日中歩き回る番犬型ロボットができるのではないだろうか、と。

ほら、ちょっと前に、軍用の犬型のロボットがテレビやインターネットで紹介されてましたけど、あれみたいなやつでね。

充電がなくなりそうになれば、家に帰ってきて、勝手に充電をすませて、そしてまた山に向かっていく。

そして彼らの縄張りをひっきりなしに侵襲することで、人間の畑が荒らされないようにするのです。

野生の犬だと野犬化するおそれがありますけど、機械の犬ならそんな心配はありませんし、おそらくかなり効果があると思います。

今はその役割をぼくがやりますが、ぼくの次の世代あたりには、そんなロボットが出回っているのではないかなあ、なんてことを考えているのです。

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