キツネがほんとうに人を化かした、ちょっと不思議な話

先日、市原悦子さんの訃報に接しました。

その半年ほど前に、まんが日本昔ばなしで語り部のひとりだった常田富士男さんが亡くなったばかりなのに、なんとも寂しいことだと、自分の思い出の中にいるおじいさんとおばあさんを失ったような気がしたものです。

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まだ昔話の色の残るわが集落で

ところでうちのあたりは、現代でもなお、「まんが日本昔ばなし」の世界の面影を残しています。

つい先日、夜中に我が家のすぐそばで「ピィッ」と笛を鳴らしたような音がしました。

外に出て暗闇の中、音の鳴る方に懐中電灯をつけると、いかにも体格の大きそうな生き物の足音が山に向かっていくのです。

鳴き声からして、おそらく、鹿でしょう。それも、けっこう大きい個体だと思います。

そんなことはしょっちゅうあって、田んぼのあぜ道をなんだかずんぐりした生き物が走っているなと思ったら、なんとアナグマ。

昔はこの奇妙な生き物とたぬきが明確に区別されていなかったようで、ぜんぶ含めて「むじな」と言っていた、という話がありますが、確かにあれくらいの大きさの生き物は、なんだかどれも同じように見えてしまいます。

またあるときには、道端でキューキュー鳴く声が聞こえるなと思ったら、今まさにヘビに丸のみにされつつあるカエルが切なげに鳴いている声でした。

大きく開けたヘビの口から、カエルの顔が出ていて、ふだんのカエルの鳴き声とはぜんぜん違う、キューキューという鳴き声をあげている。なんという哀れなことでしょうか。

このカエルもまた何かしらの生き物を食べながら生きてきて、そのカエルが今ヘビにのまれようとしているという、食物連鎖の因果を感じずにはいられません。

牧歌的な風景だけではない田舎ですが、ちょっとおそろしい目にあったこともあります。

早朝に裏山にでかけたときのことです。

何気なく歩いていたのですが、少し開けたところに子熊がいて、ギョッとしました。

子熊はぼくに気づいて竹藪に逃げていきました。

すると、その竹藪のほうから、親熊とみられるひときわけたたましい「ギャーーーッ!」という鳴き声が聞こえたのです。

まさか家から100mもしない裏山に親熊がいるとは。ぼくは仰天して、そのまま家に逃げてしまいました。

とまあ、うちのあたりには日本のおとぎばなしの土壌となる生き物が、おおむねぜんぶ揃ってるわけです。

少し不思議な話

あまりひと気のない限界集落の山の際で、人間と接触するより山の獣に会うほうが多いような暮らしをしていると、時おり自分が異界とのグレーゾーンにいるのではないか、と錯覚するときがあります。

この古民家に越してきたとき、浄化槽を取り付けてトイレをリフォームをするために、地元の水道業者さんに来てもらったことがあります。

ちょうどそのころ、ぼくはキツネを山際でみかけました。

このあたりに住んでいれば、そこまで珍しい光景ではありません。

しかし都会から来たぼくは経験がなかったものですから、水道業者さんと休憩中に話す機会に恵まれた折にこの話をしました。

すると、ずんぐりむっくりした初老の水道業者さんは、目をぎょろつかせながら、こんなことを言うのです。

「はあ、そうですか。

キツネは人を化かすちゅうけど、あれはほんまですよ。

わたしの同僚がキツネに出会って、それを追いかけて自分の家の裏山に入ったら、そのまま迷ってしもたそうです。

携帯も忘れてしまってね。自分の家の裏山でどうして迷うことがあるのか、と焦ったそうですけど、これがまた間が悪くてちょうど夕方で、しばらくすると日が暮れてしまった。

どうしてこんなことになるんだ、と途方に暮れて、家族の名前を叫びながらあちこち歩いてたら、自分が見当をつけてたのとは違うところから家族の声がする。

声のするほうに向かっていくと急にいつもの当たり前の景色が広がって、家族に会えたそうですが、本人からすればやっぱり、こんなところで迷子になったというのが信じられない。

家族からすれば、何でもないいつもの裏山から自分たちを呼ぶ声が聞こえるので、きっと足場の悪いところで転んでしまったか何かで大怪我をして動けないのだろうと大慌てだったのが、キツネに化かされて迷子になったというのだから、呆れるやら気持ち悪いやら」

その話を聞いたぼくは、それこそキツネにつままれたような気分になったものですが、次の日、ぼくは夕方ごろに、また山際にキツネを見かけたのです。

一瞬、あれを追いかけてみたらどうなるだろう、とも思ったのですが、あんな話を聞いた後ですから、とてもその気にはなれませんでした。

あのキツネを追いかけていたら、ぼくも迷子になっていたでしょうか。

それとも、キツネに化かされるなんてやっぱり迷信で、何事もなく無事に家にたどりつけたでしょうか。

いや、それよりもあんな話を聞いてすぐにまたキツネと出会うなんて偶然があるのでしょうか。

ぼくは、もしかしたらキツネに化かされて、キツネがあたかもそこにいるかのような幻覚を見ていただけだったのかも……。

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