田舎にも忍びよる、不寛容の影!?

(´・∀・)p[☆。・:+こんにちゎ*:+:・゚☆]q

今日、ふとヤフーニュースでこんな記事をみかけました。

薬を“人前で飲む”のはマナー違反? ネット上で物議…専門家に聞いた(FNN PRIME) – Yahoo!ニュース https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190206-00010010-fnnprimev-soci

ざっくりまとめると、ある人がファミレスで薬を飲もうとしたら、隣の人に「人前で薬飲むのはマナー違反」と注意されたうえ、「食事中に薬を飲むなんて気持ち悪い」と言われたのだそうな。

そこで、人前で薬を飲むのはどうなのか、という論争が発展しているというのですが、ぼくもちょっと今回は、この話題に乗っかって話をしてみようと思います。

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ファミレスで見知らぬ人にマナーをただすという「マナーのなさ」

ぼくから言わせりゃ、「んなもんどうでもよろしがな」ですむ話です。

そんなに細かく他人のマナーを気にするんだったらファミレスに行くのは間違いだし、まして隣の見知らぬ客に突然薬の飲み方にケチつけるほうがよっぽどマナー違反です。

要人との晩餐会だとか、目上の人との食事だとか、大事なお客さんとの商談の場なら、断りもなく薬を飲むようなことは控えるべきだと思いますけど、ファミレスで隣の知らん人が食後に薬飲むくらい、どうでもいいじゃないですか。

なんでこんなに道理のわからん人がいるのかなあ、と呆れてしまいます。

田舎でも不寛容が忍び寄りつつある

そういえば、最近ご近所さんが野焼きしていたら、たまたまパトロールしてた警察に注意されたんだそうです。

「畑で野焼きしてて、いらん木材も一緒に燃やしてたらどえらい怒られた」というのです。

「野焼きくらいさせてもらえんと田舎やと困りますやんか」

「いやまあ、そんときは木を燃やしてしもてたから、火の勢いが強くなってキャンプファイヤーみたいになってしもててんけどな」

「いや、それはダメですよ(笑) どんだけ燃やしてたんですか」

ご近所さんのケースは極端にしても、田舎では余計な有機物は燃やしていかないと、追いつかないという事情があります。

木の枝や、種のついてしまった雑草など、広い畑でこれらを全部ポリ袋に入れて出すなんて、とてもできません。

ましてうちの自治体ではごみ袋は〇袋まで、と数が決められています。

これで野焼きがダメというのは、まったく合理性がないし、無理解で、不寛容な話です。

そのご近所さんの話を聞いて、ぼくはふと冗談めかしてこんなことを言いました。

「もういっそ、銭湯みたいにでっかい風呂おけにでかい焼却炉と10メートルくらいの煙突つけて、風呂沸かしてる名目でいらん有機物を焼いたらええんですよ」

そしたらお隣さん、

「そんな高い煙突立てて、台風で倒れてよその家に当たったら、それこそ文句言われるがな」

とおっしゃった。

……なるほど。ごもっともです。

しかし、笑い話ではないケースも

われわれのケースは笑い話ですが、この野焼きのトラブルは深刻なことにもなりかねないようで、よその自治体ではニュースに取り上げられるほどでした。

どういうことかというと、昔からその土地に住む人が野焼きをしたところ、新しく移ってきた人が、洗濯物に匂いがつくとか、建物が汚れてしまうといってクレームをつけたのです。

そこはちょうど田畑の境界に道があって、そこを隔てて新築の家が建っているような場所でした。

昔からそこに住んでいる人からすれば、これまでやってきたことが突然ダメだといわれてもと困惑するのと同時に、都市型の整備をされた田舎では余計な有機物は燃やして処理する以外になかなか有効な処分方法がないという切実な理由があります。

それに対して新しく移ってきた人からすれば、せっかく一世一代の新築物件に入居したのに、ひっきりなしに隣の畑でものを燃やすものだから、家の外壁はあっという間にススだらけ。

洗濯物を干しても取り込むときは煙くさくなってしまう。なんだか嫌がらせを受けているみたいでつらい、ということなのでしょう。

まあ、双方どちらの言い分もわかりますが、こういうとき、昔みたいに鶴の一声でことを収めるようなご意見番が少なくなったせいで、一度こじれたらなかなか問題が手打ちにならないんですよね。

時代が変化して、新しいタイプの暮らしをする人と、古い暮らしを守る人といった違いが出てきているのに、もめごとの本質はおそらく昔から変わってないわけです。

ちょっとここで、今日のテーマである「不寛容」に話を進めたいと思います。

人々の暮らしぶりが変わっても、もめごとの本質は昔から変わっていないということは、今社会でよく言われている「不寛容が目立つ」というのも、社会にはいろんな考え方の人がいるわけですけど、それらの人々がみんなうまい解決法の見当たらない不満を抱えているということなのではないでしょうか。

うちの家に煙が当たってすすけてしまうから、野焼きはよしてくれ、という人と、野焼きをしなきゃっここでの暮らしが立ち行かないし自分たちは昔からこの暮らしをしてるのにどうして突然そんなことを言われなきゃならないんだ、という人。

この双方は、お互いに解決法の見当たらない不満を抱えています。そうすると今度は、「あの新築の家の住人は嫌な奴だ。話もしたくない」と思うかもしれませんし、新しい住人も「あの野焼きバカには、徹底して現代のルールを叩きこんでやる」といって監視カメラを畑に向けるようなことをするかもしれません。

ほんとうはそうなる前にきちんと対話をして、お互いに折れるべきポイントを見出しあう必要があると思います。

たとえば、「じゃあ野焼きは5時から6時までの間の1時間にさせてもらうから、洗濯物はそれまでに取り込むようにしてもらえますか」ということだったり、風向きをできるだけ考慮して家にかからないようにしたい、ということだったり、話し合いで解決できることがたくさんあると思うのです。

不寛容というのは、相手と話し合わずに無理解のまま抑圧されあうことで起こるのだな、と思った次第です。

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