【山の獣との勝負】ぼくが初めて狩猟の現場に立ち会った時の話【狩猟を取り巻く今と昔】

「おい、お前が獣みたいになってどうするんや」

と、十メートルほど先を歩くお師匠さんの笑う声が聞こえます。

ぼくはお師匠さんについていこうとするものの、山の急斜面と細かい木々に阻まれてうまく歩けません。四つん這いになりながらヒイヒイ上っているうちにお師匠さんの姿を見失ってしまい、「お師匠さんどこですかぁ」と情けない声をあげていたのです。

お師匠さんは一度だけぼくを笑い飛ばして、声で場所を知らせてくれました。

それこそ獣の親子のようだと思いながら、お師匠さんの声のするほうを追い続けていると、ある場所でお師匠さんは立ち止まってあたりを眺めまわしていました。

ぼくがようやく追いついて、「このあたりですか?」と聞くと、お師匠さんは少し先の地面を指さします。

「この地面の土がえぐれとるやろ。これが獣の歩いた通い道や。畑でも獣が来とったらこんな跡になるけど、そんなところに罠かけてもあかん。あれは飯がないか探しにきとるだけで、山の中に入れば猪(しし)が毎日通る道がある。そこを狙わんといかん」

「はあ」

とぼくはわかったようなわからなかったような返事をします。

言っていることの意味はわかるのですが、獣が何度も歩いてできたという土の露出したところに、お師匠さんがどう罠を仕掛けるのかという勘所がわからないのです。

お師匠さんは露出した土の中から、あるひとつの獣の足跡を見つけて、「お前これイノシシかシカかどっちの足跡かわかるか?」とぼくに聞きました。

「蹴爪があるからイノシシですか」

「そうや、ほんでもこっちの足跡は蹴爪がないやろ」

「そうですね」

「ほやでこの道はシシもシカもどっちも歩いとる。どっちも歩いとるから、どっちがかかるかわからん」

「はあ」

「最近はどこの山もシカが増えてこんな通い道ばっかりや」

そういいながら、お師匠さんは蹴爪のついた足跡の手前に、スコップで穴を掘り始めます。

「おい、獣道に足乗せるなよ」

「はい」

ぼくは獣道をまたいで、お師匠さんの仕事を確かめます。

だいたい十センチほどの深さの穴を手のひらほどの大きさに掘って、塩ビパイプの筒のようになった罠を取り出します。

筒の先には4mmのワイヤーが出ていて、輪っかになっています。筒のお尻からも長いワイヤーが出ています。

筒の中はぎちぎちに圧縮されたバネが入っていて、筒の頭のひっかけと細いワイヤーの輪っかに、かぎ状に曲げたクギ一本をひっかけただけの状態で固定されています。

お師匠さんは塩ビパイプを埋めるための穴を先ほどの穴の横に掘って、そこに釘が抜けて暴発しないよう慎重にパイプを埋め込みました。

そして最初に作った穴の中にワイヤーの輪っかと同じ大きさの作動板を置いて、獣がその作動版を踏み抜くとバネがはずれるように、クギをセッティングします。

作動板の上に獣の足をくくるワイヤーを載せて軽く土をかぶせ、獣道の近くにある落ち葉でカモフラージュすれば、罠の作動部分の設置は完了です。

人間がみても、ここに罠があるとはわかりません。

さらに塩ビパイプのお尻から出ているワイヤーを近くの木にくくって、これもワイヤーがあるとわからないようにカモフラージュして、罠が完成します。

「また掛かったら電話しちゃる」

とお師匠さんは、もう獣が掛かること間違いなしといった口調で言うのです。

「掛かる確率は高いですか」

「わしが仕掛けた罠は8割がた掛かる」

結局ぼくには、お師匠さんにはわかる勘所がわからずじまいでした。

二週間ほどして、お師匠さんから電話がありました。

「掛かったから、現場まで来い」

慌てて現場に行くと、立派な角の生えた牡鹿がいました。シカは何とかしてこの窮地を逃れたいと必死になって足掻いています。

しかしくくり罠が足首にしっかりと巻き付いて、外れません。

仕掛けたときにぎちぎちに圧縮されたバネは、シカが罠を踏みぬいた瞬間、一気にはじけます。はじけた勢いでワイヤーがシカの足首に巻き付いて、はずれなくなるのです。

お師匠さんは鉄砲を取り出して、シカに向かって構えます。

「わしは猪捕まえに罠かけとるのに、お前らがいつも邪魔しよる」

そうつぶやくと、天地がひっくり返ったかと思うような轟音が鳴り響いて、シカはどうっと倒れこみました。

こういうとき、アニメみたいに跳ね飛ばされるようなアクションがあるのだろうと思っていたぼくは、銃弾を頭に受けたにもかかわらず、何の衝撃も受けなかったかのようにその場に倒れこむシカの命の終わりの呆気なさが不思議でした。

シカは血の泡を吹いてけいれんを起こしていました。

「引導渡しちゃる」

とお師匠さんは倒れた鹿の頭部に向けて引き金を引きました。もう一度轟音が山々に反響しました。シカのけいれんが止まり、重苦しい死の静寂が訪れます。

しかしお師匠さんは、シカの死に躊躇することなく、すべき作業を淡々と進めました。

「わしが罠外すから、お前はワイヤー使って車まで引っ張れ」

ぼくは罠のワイヤーにゴムの緩衝材を取り付けて、物体となったシカをずるずる引っ張って山から下ろし、軽トラックに載せました。

山から出るときにお師匠さんと同世代くらいの年の男性がふたり、こちらを怪訝そうに見ていましたが、トラックに乗っているお師匠さんと積んであるシカをみて、合点がいったように「あのでかい音はあんたか」と言って笑顔をみせました。

顔なじみらしく、お師匠さんが軽トラの窓を開けて「シカばっかりかかりよって、腹立ったから二発ぶちこんじゃったわ」と言って笑うと、向こうは「ほんまに助かる」と言うのでした。

これが、ぼくが罠猟の免許を取ってから初めて見た、ハンティングの現場です。お師匠さんは猟友会に入った時に、わざわざぼくに「罠の掛け方を教えたる」と言ってくれた恩人です。

狩猟というと「獣と人間と、命を取るか取られるかの真剣勝負」なんて言い方をしますけど、実際にはそんな対等な勝負ではありません。命を取りに向かっているのは人間です。そして狩猟は圧倒的人間優位に進められます。

箱罠であれば檻に閉じ込めた獣を相手にします。鉄砲猟であれば狩猟犬と猟銃を用いて獣を追い込んでから相手にし、くくり罠であればさっき述べたように獣の足をくくって動きを封じてから仕留めます。

山の獣たちは人間の知恵と道具を前に、不利な勝負を強いられるのです。

しかし獣たちに不利な勝負だから猟師たちは安全なのかというと、決してそんなことはありません。

イノシシの牙は少し引っ掛かっただけでも人間の皮膚くらいいともかんたんに引き裂きます。

牙だけでなく、繁殖期を繰り返した雄のイノシシは、ほかの雄との争いによって肩の筋肉が鎧のように厚くなります。ある猟師が捕まえた100kg越えの雄のイノシシは猟銃を肩に受けても動じず、同じ個所を狙って撃つと、3発目でようやく倒れたといいます。

こんな雄のイノシシに突っ込まれたら、丸腰の人間などひとたまりもないでしょう。

シカなら安全かというと、決して気を抜けません。防獣ネットに引っ掛かった牡鹿を助けようとして、角で突き上げられて死亡した人もいます。

山の獣は人間よりはるかに高い身体能力を持っていますから、人間が少しでも油断をすると命の危険にさらされます。その点では、命の危険は確かにあるのです。

生身の人間の肉体は柔らかく、弱く、鈍重です。

ところでさっき、獣の命を取りにいってるのは人間だと言いましたが、猟師は山の獣をただ殺したいがために殺しているのではありません。

もちろん肉としての利用価値はあります。しかし後でも述べますが、最近では畜産業の流通も行き届いて安く手に入るようになり、山の獣の肉を喜んで食べてくれる人も減りました。

これでもし獣が人里に降りてくることなく、農業被害をもたらさなければ、狩猟はとっくに動物愛護の声に押されて廃れていただろうと思います。

けれど山の獣は隙さえあれば人里に忍び込んで、農家が精魂込めて作った野菜を食い荒らします。

人間が何をどのように考えているかということは、山の獣にとって知りようがないし、彼らはただ、そこにエサがあれば食べてしまいます。人間が大事に作った作物だから手を出さないでおこうなんてことは考えません。

そしてわれわれ人間もまた、獣たちに人間の考えを伝えることはできませんから、平和的な不可侵条約を結ぶことは不可能なのです。

イノシシとシカによる農作物被害額は日本全国で毎年100億円を超えています。しかし現代では狩猟免許を持たない人たちは、農村の努力を山の獣たちに踏みにじられることに対してなす術がありません。

米や野菜で生計を立てている人からすれば、イノシシやシカは一生懸命働いた給料を突然盗んでいく強盗と同じです。相手が人間であれば法で裁くことが可能ですが、獣に人間の法律を当てはめるわけにはいきません。

だからこそ、猟師が山で獣の命を奪ったことに対して、集落の人が「助かる」と感謝するという、一種奇妙な会話が成り立つのです。

そんな害獣のイノシシやシカですが、うちの近所で畑をしておられる、戦中からこの地に住んでいた女性は、「昔はこんなに獣に野菜がやられることはなかったのに」とおっしゃいます。

「だいたいいつくらいから、獣害がひどくなりましたか?」

と聞いたら、「二十年前くらいかなあ」ということでした。

猟師さんにも話を聞くと、だいたい二十年前にはぼちぼち狩猟をする人間が減っていて、同時に猪肉を買ってくれる業者も少なくなっていたのだそうです。

このあたりは京都北部で、いわゆる「丹波の猪」というブランドもあってか、昔は猪肉には積極的なバイヤーがいて、売り手有利の市場だったといいます。80kgほどのイノシシが一頭とれればサラリーマンの初任給ほどの収入になったそうです。それが今では自分で販売ルートを探さないと買ってくれるところもなく、しかもコンディションが悪いと買い取ってくれないのだそうな。

試しに国産豚肉の価格の年次統計を調べてみたところ、1950年には現代の価値に換算して100g1000円ほどで売られていたのが、1960年代には500円にまで価格を落とします。高度経済成長期にかけて、畜産が一気に発展してきたのです。

それでも豚肉が100g500円というのはずいぶん高価ですね。今でいう高級ブランド豚くらいの価格です。ただの国産豚でこの値段ですから、この時代の猪肉はさぞかし値打ちがあったことでしょう。

そこから時代を経て国産豚肉は1980年代までずるずると価格を落とします。1990年代にはもう現在と変わらぬ100g200円あたりで流通するようになりました。さらにこの間には海外産の安い豚肉も積極的に輸入されて、豚肉は庶民が気軽に楽しめる味になりました。

しかし同時に猪肉の価値は豚肉の価格の変遷とともに落ちていき、昔は薬膳として珍重されていた猪料理もありがたみを失っていったのです。

さらにある猟師さんが言うには、ひと昔前から狩猟のルールが厳しくなってきて、あれをしてはいけないこれをしてはいけないと各方面からうるさく言われるようになったそうです。そのせいで猟師たちの気がそがれてしまって、狩猟離れに拍車がかかったといいます。

「昔はこんなややこしい罠をかける必要なかったんや」

と言った元猟師の老人は、銃猟でも山を駆け回っていましたが、落とし穴や胴くくり罠やトラばさみでもおもしろいように獣をとっていたといいます。

「昔は夏場に有害鳥獣駆除なんかでイノシシやらシカをとることなんかなかったし、そんなことする奴がおったら冬に獣がとれんようになるさかい、どやしつけとったくらいや。冬の猟期だけでサラリーマンの年収くらい稼いどった」

こんな自慢をするのだから、当時の狩猟はさぞかし儲かっていたのでしょう。

今では人間が危害にあうおそれがあるからということで、落とし穴はもちろん、胴くくり罠もトラばさみも禁止されています。

ぼくはあれから数年罠猟をして、数十頭の獣を仕留めて解体して肉にしたりしていましたが、そのほとんどがほかの猟師さんが仕掛けて、ぼくに管理を預けた箱罠にかかった獣でした。

ぼくの罠猟師としての腕は、さっぱりでした。

お師匠さんは罠をかければ8割がた捕まえていたといいましたが、ぼくはというと不発の罠を回収するほうがはるかに多く、3~4年かけて捕まえたのはイノシシとシカと合わせてほんの5頭ほどでした。

そんなぼくはいったん田舎暮らしを父と交代するときに狩猟をやめてしまいました。去年田舎暮らしを再開しましたが、野菜作りに集中するために狩猟には参加していません。

獣害に関しては、ぼくは今は、電柵を独自に工夫して害獣の侵入を防いでおり、一定の効果をあげています。

ぼくが狩猟をやめてから数年で、さらに狩猟のルールは厳しくなって、猟師さんはさらにやかましく言われることが増えたそうです。

先日お師匠さんと話していても、「まわりがごちゃごちゃうるそうてやめたなる」と嘆いておられました。

ぼくはふと、もしかしたらあと数十年したら山間部の環境保全のために狩猟をしてくれる人はほとんどいなくなってしまうかもしれないな、と思ったのでした。

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