松竹梅と桜の違いについて考えてみた

ぼくは自然豊かな田舎に住んでいますが、移住した当初不思議だったのが、桜の木が見当たらないことでした。桜なんてどこにでもありそうなものだけどな、と思ったのは、ぼくがそれまで都会にいたからかもしれません。

都会では桜をあちこちに植えています。ありふれていたので、どこにでもあって当然だと思っていたのです。

しかし田舎に来たら、桜がない。

あんまり不思議だったのでご近所さんに聞いてみました。

「このあたりではあんまり桜の木を見かけませんね」

「そうやな。松竹梅はあっても桜みたいなもん植えてもしゃあないからなあ」

そういえば、家の庭に松を植えている家はいくらでもあるし、うちの裏山には竹林があるし、梅の木もあります。

田舎では松竹梅はあちこちで見かけるけど、桜がない。

逆に都会では松竹梅をみかけることがなくて、桜はどこでもよく見かけます。最近では都会の家の庭で松の木を育てているところも少なくなりましたね。

いったいどうしてこんな違いが生まれるのか。

ご近所さんは、「桜みたいなもん植えてもしゃあない」とおっしゃいました。そういえば、桜は景観形成には役立っても、生活上の役に立つことが少ないのです。

松竹梅は、めでたいだけの植物ではありません。

松がなぜ家の門前で栽培されているかというと、救荒植物になるという一面があるからなのだそうな。また日本のお城の敷地に松が植えられているのは、戦の際、兵糧攻めにあったときに松を食べて飢えをしのぐことができるからだといわれています。

松の葉は常緑で一年中青々と茂り、その葉は本草(漢方)の役に立ち、栄養価も高く、仙人食といわれます。

秋田県には松皮餅という郷土菓子があります。松の皮を食べられるようにするまでにはたいへんな労力が必要なのですが、松皮餅は天明の大飢饉の際に救荒食として作り始めるようになったという話があります。今から約250年ほど前の話ですが、そのころにはすでに大衆の間でも松を食べて飢えをしのぐという考え方は広まっていたようです。

竹といえばタケノコですね。春の山菜として欠かせません。また植物の竹は成長が早く、加工性も高く、長く人間の暮らしの役に立ってきました。

あの有名な『竹取物語』は平安時代の初期の作品です。

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり」

平安時代にはすでに、竹林で竹を切り出し、さまざまな加工品を作る仕事があったというわけです。

現代ではほっといたら山がどんどん竹だらけになってしまうし、根が浅いから土砂崩れの危険があるといって厄介者扱いされたりもしますが、それは人間が竹林の手入れを怠っているからで、ほんとうはわれわれの暮らしをささえてくれる重要な植物です。

梅の木はというと、言うまでもなく梅の実がとれますね。

日本人のソウルフードである梅干しですが、これは超優秀な食材です。

冷蔵庫のなかった時代に長期保存が効き、酢酸と食塩の作用でご飯の腐敗を防ぎ、さらに玄米や野菜を食べることが多かった日本人の消化を助ける役割も果たしました。

胃薬もなければ冷蔵庫もない当時、梅干しは日本人の健康を大いに下支えしたのです。

梅自体は奈良時代にはすでに加工されていたようですが、梅干しが文献にあらわれるのは平安時代。庶民が日常的に食べるようになったのは江戸時代ごろといわれます。

めでたさのいわれと実用性を兼ね備えた松竹梅に対して桜なんですが、これはさくらんぼの生る木でもあるものの、食用のさくらんぼのなる桜は「桜桃」といって、観賞用のものとは区別されています。日本で本格的に桜桃の栽培が始まったのは明治に入ってからで、生産は東北以北がほとんどです。

ですから東北以北をのぞいては、日本人にとって桜はほぼ観賞用として分布しています。

鑑賞以外の用途でいえば、燻製に使うチップに利用されるのと、樹皮が漢方に利用されます。あと桜餅を包む桜の葉にも使われていますね。ただ桜の葉には毒性(クマリン)があるので、少量口に入れる程度なら問題なくても、本来食用には適しません。

また桜は木材としても利用されていて、高級家具などの加工に使われたりもします。

しかし田舎の人の日常生活に積極的に役立つかというと、そうでもないんですよね。ご近所さんが「桜みたいなもん植えてもしゃあない」とおっしゃったのは、つまりこういうことだったのでしょう。

田舎というのは実用を好むものです。花を鑑賞するにしても実用性が伴うものを好みます。

田畑のあぜ道に、スイセンやヒガンバナが咲きますね。これらはきれいな花を咲かせますが毒があって食用には適しません。しかしこれらの花の球根の毒はモグラ除けになって、田んぼの水持ちをよくしたり、段々畑の畦畔が崩れるのを防止する効果があります。

春先になると田んぼを利用して菜の花を咲かせているのを見かけたりしますが、あれも鑑賞の楽しみとは別に、食用の菜花を出荷したり、菜種を収穫したり、ミツバチの飼育に利用したり、成長した菜花を畑にすきこんで緑肥にしたりと様々に活用できます。

以前近所で菜園を楽しんでいた90代の女性は、畑のあちこちに花を植えるのが楽しみで、鍬で細やかに畑を耕していたからそれらの花は毎年ほっておいても同じ場所で花を咲かせたのだそうです。

しかし実用を好む田舎のことです。旦那さんがその畑を手伝うときは、耕運機でダーッと畑を耕してしまいたい。それなのに奥さんが花をあちこちに植えているものだから、「やりにくうて仕方ない」とぼやいていた、という話を聞きました。

そんな話を聞きながらぼくは、この女性はちょっと都会的趣味をお持ちだったのだなと思いました。

都会では、実用性の伴わない趣味だけのための趣味が許されるでしょう。コスト管理に追われ、効率が求められる都会暮らしにあっては、仕事を離れたときはせめて実用性の伴わない趣味が必要になってくるのかもしれません。

だから、ただ花を愛でるためだけに桜をあちこちに植えたり、猫の額ほどの庭を食べられもしない草花だらけにしたりして楽しんでも、その実用性のなさこそが都会的だったりします。

さて、話がずいぶんおかしな方向に行きましたけど、ここまで話をしてきて、ぼくはどうも桜というのは松竹梅とはまったく別の、「日本人精神の形代(かたしろ)」なのだろうなという気がしてきました。

形代というのは、よく川に人の形をした紙を流したりする、あの紙のことです。人間のケガレなどを形代に託すのです。

松竹梅のようにめでたくもなく、実用的でもないにもかかわらず桜が日本中でこれだけ愛されているのは、日本人が自らの精神性を重ねているからではないかと思います。

桜はパッと咲いてパッと散るのがいい、といいますが、昔の日本人もまたパッと咲いてパッと散るような生き方にあこがれを抱いていました。武士道だとか、切腹だとか、玉砕だとか、そういった現代からみれば異様な生き方(死に方)が許されたのは、生に固執しないことが美徳とされた日本独特の考え方があったからです。

しかし実際には今も昔も多くの日本人にとって、いくら散り際のきれいな死が美徳だと教えられようと、いざとなって「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」といって見事に死ぬことができる人はほとんどいなかったことでしょう。

桜のように美しく咲いて、きれいな間に散ってしまいたいと願っても、そううまく生き、うまく死ぬことはなかなかできることではありません。そんな、観念としての日本人らしさへの憧れが桜に託され、日本人に愛されるようになったのではないか。

そして、そんな刹那の生きざまにあこがれた日本人が、現代では世界有数の長寿国になったのだから、やっぱりこれは桜が形代になってくれたのかもしれませんよ。

……もちろん、この桜の話を信じるか信じないかは、あなた次第です(笑)

レクタングル大広告




よろしければシェアお願いします!

レクタングル大広告