イワシの頭信心入門

7という数字はラッキーナンバーといわれますが、あれはアメリカの野球が起源になったといわれる、西側諸国のゲン担ぎです。

数字自体は記号であり、そこにいいも悪いもないはずなんですが、それでもたとえば「七つの大罪」とか「七不思議」とか、7という数字にスピリチュアルな意味づけをする向きはあります。

ラッキーセブンは西側諸国のゲン担ぎになったわけですが、別に西側に限らず、アフリカではブードゥー信仰なんてのがあったり、中国ではいよいよしかつめらしい占いが山ほどあったり、こういう信心の類は洋の東西を問いません。

どうして人間はこんなにも何かに信心したいのかというと、心のよりどころを必要としているからですね。

それはもう「イワシの頭も信心から」で、よりどころにする対象はなんだっていいわけです。

戦国武将や太平洋戦争で戦地に赴く兵士は、女性の陰毛をお守りにしたといいます。いくらなんでもよりによってなぜ陰毛なのかと思いますが、たぶんあれは信心からくるものというより、恋心のアプローチの材料だったんでしょう。

信心にかこつけて、どさくさに紛れてエロいことをしてやろうという男の下心が先にあって、女性側もまあ死地に赴く前に自分を選んでくれたことを悪くは思わないわけで、ほだされる格好で……というような、女性のものであれば爪でも髪の毛でもいいはずなのに、わざわざ陰毛を求めるというあたりがね、もう野暮なことを言いなさんなって感じでしょう。

話をゲン担ぎに戻しますけど、そりゃほんとうは、確かなものにすがれればそれがいちばんです。

自分が信心に頼らずとも地に足つけて生きていける存在であればベストですが、もしそうじゃなくてもパートナーや家族、自分のそばにいる人たちが確かな存在であれば、占いも宗教も必要ありません。

ところが人生は、ままならない。

晴れが続けば干天に悩み、雨が続けば仕事ができず、人間は人間の足を引っ張ってばかりだし、人生は振り回されるばっかりで、なんかもう、何もかもが頼りない。

そこで、人間は頼れるものを探すわけです。

まあ、イワシの頭だろうと、女性の陰毛だろうと、すがれるものならなんでもすがろうとしてしまう。

しかし、信仰する対象はできるだけ信憑性のあるものがいいですね。

さて、このあたりから冗談のような話が冗談でなくなってきます。

そこで、人間は確かなものを求めて、宗教をつくり、神話を作るんですね。

たとえば日本の歴史って、一般的には縄文時代、弥生時代と進んでいって、そのうち卑弥呼があらわれて、ヤマト民族が周辺の豪族を従えて、大陸の文明を取り入れながら日本の国家を成立させていくというようなことが書かれてると思います。

それは神話のような不確かなものに頼らず、考古学で検証されたことを積み重ね、また文字ができてからは文献などを頼って史実を検証していくわけです。

ところがこういう歴史には「史観」というものがあります。「わたしはこう考える」というフィクションの入り込む余地があるわけです。

日本の場合は皇国史観というものがあります。

これは地球は丸いとか、ヤマト民族がどうの、遺跡がどうのという考古的なスタンスはいったんよそにおいといて、日本という国は日本神話から始まっているというところから始まる歴史認識なんですね。

つまり、天地開闢から神々があらわれて、イザナギ、イザナミが国産みをし、オノコロ島から日本が誕生していくというものです。

それで、日本神話に出てくる神々の系譜から天皇家、神武天皇があらわれる。

だから今の御代を統べる天皇はこの世に生きている神様、つまり「現人神」なのだという観念が、皇国史観の骨格となるわけです。

われわれが生きる時代に、同じように生きた神様が存在しているといった観念は、日本人の中ではそれほど違和感のないものだったようです。

たとえば仏教の場合、日本に伝わってるものにはやたらたくさんの仏像があるでしょう?

如来、菩薩、明王、天部といったものがあって、それぞれになんちゃら如来、なんちゃら菩薩、なんちゃら明王、なんちゃら天、とまあ種類豊富です。

それで、じゃあ仏教の開祖である仏陀とは何なんだというと、日本では如来のひとりとして扱われています。

釈迦如来といいます。お釈迦さまですね。

釈迦如来は現世におりて衆生を救うために現れた「人間として生きた仏様」だというのです。

こういう考え方が定着する日本では、この世に生き神さまがあらわれるという考え方はそもそも受け入れられやすくて、歴史的にもこういった考え方を権力者が利用してきた。

そういう中にすっと皇国史観が入ってくるわけです。

日本では基本的に戦前の歴史教育は皇国史観に基づいています。これは江戸時代に水戸藩が立ち上げた「水戸学」が基礎になっていることから、水戸史観ともいわれています。

ところで、日本は歴史的にずっと多神教の国でした。多神教の国には絶対神がいないので、いわゆる原理主義(過激派)という革命勢力が生まれにくいんですね。

原理主義というのは、「うちの神さまはこう言ってる。この神話ではこう述べている。だからお前は神の敵だ」といった考え方で政治的行動を起こしたりするんですね。

ところが日本は多神教ですから、「うちの仏さまはこういうことをおっしゃってる。だからお前は敵だ!」という論理を展開しようとしても、「いや、こっちの仏さまはそんなことは言ってないぞ」ということになる。

神様が多様性をもっているから、けんかになりにくいわけです。

日本史の中では明治以降に廃仏毀釈が起こって、神道一本化にしようという動きが起こりますが、それによって天皇が絶対であるという時代になったのは日本で唯一、国民が全員原理主義に傾いた危うい時代です。

しかし太平洋戦争が終わると、天皇は「人間宣言」なんていわれる勅書を出すんですね。

天皇は現人神である、絶対の存在であるといっておいて、太平洋戦争では国民にあらゆる意味での忍従を強いました。本土爆撃によって歴史上の文化財の多くが焼失し、230万人もが戦死したともいわれます。

それが戦争が終わったら「ウソでしたー」なんてことをやったものだから、国民はもうがっくりくるやら、怒り心頭になるやら。

川端康成というノーベル賞作家がいます。この人は戦時中はおおいに情熱的な軍国主義者で、戦後も上手に保守的な活動を行っていましたが、終戦ではとことん打ちのめされてしまって、「私はもう死んだ者として、あはれな日本の美しさのほかのことは、これから一行も書かうとは思はない。」とまで言ってしまいます。

川端康成の虚脱状態は「戦争のうそに国民が気づいてしまった、もうだめだ」という軍国主義者側の落ち込みですが、国民の多くはあの戦争は「巨大化したイワシの頭」に踊らされただけだったのだ、ということに気づいて、洗脳からとけた、脱カルトみたいな状態になりました。

戦争経験者の戦後のインタビューを聞くと、昭和天皇のことを「天ちゃん」とか「天さん」と呼ぶし、司馬遼太郎も「天皇さん」なんて言ってる。

彼らは原理主義的な天皇崇拝のやばさに巻き込まれた当事者として、人間宣言や民主主義を機に、言葉の上であってもできるだけ天皇を崇拝対象ではない軽い存在として扱うようにしたんですね。

これは日本の歴史上における自家中毒というか、アレルギーのようなものですが、アレルギーが日本の歴史上には何度かあります。

織田信長が一向一揆を弾圧したのも、アレルギーです。

当時の一向宗勢力は自治権を獲得していて、守護大名と同等に対立できるだけの兵力を持っていました。

信長はこの一向宗勢力が起こした一揆に対して、女子供まで虐殺するほど残虐さをむきだしにします。

一揆衆は尾張の古木江城で信長の弟である信与を自害させるまで至るのですが、信長の激怒はそれを理由と考えたとしても常軌を逸しています。一向宗に携わるものを根絶やしにしようとするほどの敵意は尋常ではありません。

あれはやはり、信心によって死を恐れなくなった軍隊のおそろしさを信長が知っていたからでしょうね。

一向宗というのは今の浄土真宗なんですが、本尊が阿弥陀如来で、阿弥陀如来は極楽浄土にいる仏なんですね。

開祖である親鸞は「悪人正機」といって、「自分が善人であると言い切るような人間でさえ阿弥陀如来は救ってくれるが、自分は悪人であると自覚しながら生きている人を救わないはずがない」なんてことを言うわけです。

それは決して悪いことをしてもいいよ、という話ではないんですが、権力を持ち、抑圧された信徒は、これを都合よく解釈したのでしょう。

多神教の日本の中で、もっとも原理主義的に扱われ、弾圧されてきたのは一向宗です。

さて、信長の時代からもう少し先、太平洋戦争をのぞけば、日本でもっとも大きなアレルギーは「天草の乱」あるいは「島原の乱」といわれる争乱です。

これはキリシタンが弾圧に反発した大規模な一揆、というだけのように思えるかもしれませんが、実際にはキリスト教徒による日本国家転覆騒動なんですね。

キリシタンにおける当時のカリスマだった天草四郎を頭目に据えて、彼らは全国のキリシタンに決起するよう求めたり、ポルトガルに援軍を求めたりもしたといいます。

ようするに島原の乱というのは江戸幕府側からすれば「キリスト軍が侵略してきた」というのと同じであって、幕府はこの乱を鎮圧したのち、いよいよ徹底してキリシタンを弾圧します。

遠藤周作の『沈黙』では、この島原の乱のあとのキリシタン弾圧の様子が描かれていますね。

ところで徳川幕府は一神教の、原理主義的な熱狂のやばさをよく知っていました。

というのも、徳川家康軍の旗印には「厭離穢土 欣求浄土」と書かれてありますよね。

「この汚い現世を厭うて、浄土を求めよ」というのですが、あれはいかにもカルトを惹起させるものです。

つまり、「わが軍はこの世に未練を持っていない。あの世はいいところだ。死をおそれていないぞ」というわけです。

このことからもわかりますが、徳川は民衆の宗教的熱狂をおおいに利用する一面があって、家康自身も「東照大権現」として、つまり人の姿を借りてこの世にあらわれた神仏であるとして、崇拝の対象になってしまいます。

まあずいぶん長くなりましたけど、ぼちぼち終わりましょうか。

歴史をひもとくとみんな、よくわからないものにすがったり、拝まされたりして、それでずいぶん苦労してきたんだなということがわかります。

それでも、原理主義的なものがいくら弾圧されても、なくなることはありません。

さっきの一向宗では信仰を捨てきれない人たちが「隠れ念仏」といって、権力者の弾圧から逃れながら信仰を続けましたし、同じように「隠れキリシタン」というのもいますね。

イスラム国も、よく「壊滅状態になった」とニュースがいいますが、やっぱり体裁を破壊することはできても、思想そのものを根絶やしにできるようなものではないでしょう。

人類はそういう宗教的思い込みや戦争の愚かさを克服しようとして、科学的姿勢を大事にして少しずつ進歩しているのだけど、人間というのはどんなに長くても100年くらいしか生きられないから、同じような失敗を何度も何度も繰り返してしまう。

きっとこれからも何度も繰り返しちゃうだろうと思います。

しかし、人間はそんな残酷な歴史を繰り返しながら、少しずつまとまってきて、幸福な暮らしができるようになってきたのも事実です

哲学がおこり、文字がまとまり、知識が共有されるようになり、いつしか産業革命が起こって、現代ではIT革命が起こって、われわれの暮らしは文化的になり、確かな形で、少しずつよくなってきました。

人間は100年くらいしか生きられなくて、争いを繰り返す愚かしい生き物ですが、同時に知性をつないで次の世代にバトンを渡しながら、少しずつ望むべき形に向かう賢い生き物であるということも、少なくともイワシの頭よりは「信じていい」ことなんだと思います。

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