「ホー、ホケキョ」に救われる話

日本という国は何せ地震が多いんですが、100年もさかのぼると、「ほかの国に比べて日本には地震が多い」なんてことはほとんどだれも考えていませんでした。

日本では地震が起こるということはわかっていても、それが世界的にみて回数が多いか少ないかなんてことも、きちんとデータをとって比較論証することもできませんでした。

江戸以前には日本には地下にでかい龍がいて、これが地震を起こしてるんだと思われていました。それが時代を経るにしたがって、龍がナマズに変わります。

地下には大ナマズがいて、これが地震を引き起こしているというわけですね。

それでぼくが子供のあたりはまだほんとうに、「なまずが暴れると地震が起こる」なんてことをまことしやかに言う人もいて、そういう人の言い分では「ナマズやネズミなどの動物には人間にはない感覚器官があって、それで地震がわかる」というのです。

ところがこういうことを言う人は、具体的に動物に地震を察知する感覚器官があるのかという研究をしているわけではありませんし、おそらく地震の前になまずが暴れたことをみたこともないでしょう。

まあなんというか、「イワシの頭も信心から」で、昔の人は地震のときにナマズを畏れていたというわけです。

これがたかだか30年ほど前の話です。

現在では、地球の表面は厚さ100㎞ほどの岩盤がまるでパズルのように組み合わさっており、この継ぎ目の部分が地球内部の運動によってずれることで地震が起こるということは多くの人が知っています。

結局、日本の地下には龍も大ナマズもいなかったようですね。

われわれはこんにち、「科学的に生きよう」としていますが、この姿勢はせいぜいこの100年くらいに醸成されたものです。

そこからさらに、グローバル(地球的)な視点を持って科学に取り組むことができるようになったのは戦後になってからです。

それこそ今では地震の説明をするときに当たり前になった、プレートテクトニクスという考え方がまとまったのも1968年ですから、今からほんの半世紀前に固まった常識なんですよね。

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大阪北部地震

去年の6月、野菜の配達を終えて軽トラックで帰路についていると、ラジオから突然警報が流れました。あの神経に響くような、いやな音です。

「緊急地震速報です」

ところが、ぼくは車に乗っていたので地震らしい揺れを感じませんでした。

問題はこのあたりは海が近いので、津波が起きないかということでしたが、震源地は大阪だと言っており、おそらく大丈夫だろうと思いました。

しかし大阪にはぼくの実家があって、兄弟も大阪で暮らしています。

家族は大丈夫だろうかと気が気ではなく、ともかく家に着いたら実家に電話しました。

電話回線は無事につながって、親の無事も確認できました。そのときに親にはこのようなことを伝えました。

「まだ本震ではない可能性があるから、しばらくはタンスがある部屋で寝るようなことはせず、もしもの際に家から脱出する避難経路を複数確認して、逃げるシミュレーションをしておくこと。

それからいちばん近所の災害避難場所を確認しとくことと、水害に備えて屋上駐車場があるような高さのある商業施設も確認しておくこと。

あと最低限の衣服とお金を入れたバッグを手元に置いといて、お風呂のお湯は翌日までためたままにしておこう」

テレビをつけると、もう地震のことを伝えるニュースばかりです。震源地に近い人たちの暮らしはどうなっているのだろう、と気をもみます。

そういえば自分が揺れを感じなかっただけに、このあたりはいったいどうだったんだろう、ということが気になって、ちょっと様子をうかがいがてら、ご近所さんに挨拶をしに行きました。

すると、このあたりでもやっぱりかなり大きな揺れがあって、「どーん」という音とともに数秒間ずしんずしんと揺れたのだそうです。

ただ、震源地から遠かったからか、揺れはほんの数秒でおさまったといいます。

関西では地震というと、阪神大震災を思い浮かべます。あのときぼくは高校生で、大阪の河内東部の郊外に住んでいたのですが、強い揺れを感じました。

それでも、「今までにないくらい大きな地震があったな」と思う程度のことで、ふだんどおりの時間に起きたらもう親が慌ててるわけです。

テレビはもう大騒ぎで、兵庫県のあたりで何かとんでもないことが起こったのだということはわかりました。

大阪北部地震を報じるテレビ番組をみていると、阪神淡路の震災を思い出して、どうにも途方に暮れてしまいました。

それで、テレビをみていたらもう気分が沈んでどうしようもなくなってしまうので、外に出たら、裏山からとつぜん、

「ホー、ホケキョ」

と、ウグイスがとぼけた鳴き声をあげたんですね。

は? と一瞬、呆気にとられました。

おい、お前は人がこんなにてんやわんやになってるのに、何を他人事みたいに……と、そこまで思ったところで、肩の力が抜けました。

すべて自分以外のことは、他人事だった

「ああ、ウグイス。お前はじつに大したものだ」

ぼくはウグイスの鳴き声を聞いて、つくづくウグイスに感心しました。

同時にぼくは、何を人々の苦しみを背負った気になっているんだ、と思いました。

あのウグイスは、自分の生きたいように生きて、あの瞬間、「ホー、ホケキョ」とさえずりました。

もちろんウグイスはぼくの苦しみを斟酌してくれたのでもなければ、大阪北部地震に思いを寄せたのでもなんでもなく、ただそこでさえずりたいから、さえずったわけです。

しかしそう思うと、まわりの木々や、今ここに吹き渡る風、花を咲かせて種をつけようとしている雑草、そのまわりを飛び交う虫。

あらゆるぼくのまわりにいる生き物は、ひたすら自分を生きていて、そこに何の疑問も持っていません。

それは究極のところをいえば、人間も同じでしょう。人間もまた、社会的なルールの中で他人の生活を守ることはあっても、本質的にはひたすら自分を生きているにすぎない。

わかりやすくいえば、ぼくはこのときウグイスをはじめ、山々から「お前はどうして他人のことで落ち込んで、自分を生きていないんだ」と言われたように思えたのです。

ぼくはいったい、何を心配しているのだろうか、と思いました。

いろんな人のことを心配しているけど、その前に自分がすべきことは、「自分を生きる」ということではないのか。

もちろんそれは、独善的に自分だけがよければいいというのではなくて、自分がまず落ち着きを取り戻すこと。

そして自分や家族の生活を大事にすることといった「生活の土台」があってこそ、世間の人たちを心配したり、心を寄せたり、支援したりということがあるわけです。

自分に余裕がないときに、今世間で起こっていることを請け負うことはできません。

ぼくはまず「ホー、ホケキョ」と鳴いたウグイスのマネでもして、自分を取り戻さねばならなかったのです。

ウグイスで考え方がかわった

あのときのウグイスの件があって以来、ぼくは、たいへんなときには何より自分のことを考え、自分の家族をまず守らねばならないのだと考えるようになりました。

そしてほかの人たちにも同じように、まずは自分のコミュニティをそれぞれに守ってもらう。それで余裕ができたときに、お互いにその余裕の範囲内で困っている人を助ける。

この順序を逸脱して、自分がたいへんなのに人を助けようとしたり、気をもんだりするようなことは、少なくともこの自然に存在するあらゆる生き物がしていないことです。

人間もそれでいいんだよ、まずは自分を生きることだよ、ということをぼくはウグイスから教えてもらえた。「ホー、ホケキョ」はぼくにとって、じつにありがたい教えなのです。

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