タナチョログひとり発展会議

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タナチョログはどういうジャンル!?

今後、SNSでブログを紐つけて発信していく場合、このブログはいったいどういうジャンルに属するのだろうか、どう自称すればいいのだろうと思いました。

すぐにふと思いついたのが「雑文ブログ」です。

しかし「雑文」という言葉にはどこか、謙遜というか、へりくだったようなニュアンスがあるよなあ、と思いつつ、言葉の意味をひいてみました。


https://kotobank.jp/word/%E9%9B%91%E6%96%87-511204

ざつ‐ぶん【雑文】

専門的でない、気軽に書き流した文章。


雑文という言葉自体にはそれほどへりくだった意味合いはないようです。

ただ、自分のブログを「雑文ブログ」と称する人はたくさんいますし、自分がそこに埋没するのもなあ。

といってもやってることは「雑文ブログ」
そのものなんですけど゚゚゚.+:。゙d(・ω・*)ネッ゚.+:


こういうときは、雑文の見方を変えていくというのがいいでしょう。

たとえば、エッセイ。

これはどういう意味かというと、雑文とはまたニュアンスが変わります。


https://kotobank.jp/word/%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4-186186

思索や意見、感想などを形式にとらわれず、簡潔に述べた文学の一ジャンル。エッセイまたはエセーは日本語では一般に「随筆」の意味で用いられ、文学の一ジャンルとして確立している。英語のessayはフランス語の「試す、試みる」を意味する動詞essayerから発している。


エッセイは日本語では随筆とか随想ということなんですが、「筆にしたがう(髄う)」「想像にしたがう」という点で、筆者の発信力に重きが置かれているのに対して、エッセイの場合は、「試す」とか「実験」といったところに重きが置かれているようです。

つまり、エッセイとは「書くことによる思考実験」の意味合いがあるということです。

もともとの言葉の意味も、随筆は中国からきていて、エッセイはヨーロッパ(フランス)からきているので、単純に同一視はできなさそうです。


そういう意味では、このブログはTwitterのような短文を連続させてひとつの記事を作っていくという試みですから、エッセイということになるのかもしれません。


というか、エッセイだとちょっとカッコつけた感じがしていいいじゃないか、という下心が隠せないわけです。

(ΦωΦ)フフフ…


「つぶやきエッセイ」というとTwitterに寄せすぎてる感じがあるしなあ。
「短文エッセイ」というのはどうだろう。

「短文エッセイブログ」って、ちょっと親しみやすい感じがあるような気がしますね。
よし、これにしよう。


この際ぼくの名前も「エッセー尾形」に変えてみようかしら。
↑とつぜん沸きあがる詐欺師感

どういうエッセイを書くの

日本で最初の随筆というと、枕草子です。

「春はあけぼの」で始まる、あの冒頭はたいへん有名ですが、なぜこの作品がすごいのかというと、雑文でありながら読み手を意識した作品になっているからですね。

当時の読み手は宮中の貴族に限られるわけで、領民に読まれることは想定されていません。そもそも領民は文字を知りませんから、この作品は当時の日本のトップクラスの知性の持ち主だけで楽しまれたのです。

当然後年、日本全国津々浦々で読まれることになろうことなど想像もしていないはずです。


だから、清少納言の読者層のターゲットは宮中貴族で、これが大いにウケた。

日本最初の随筆でさえ、読者層を意識していたのだから、現代のぼくが何かを書くにしても、誰をターゲットにするかということくらいは意識すべきでしょう。


現代のインターネットではそれこそあらゆる人があらゆる場所にいるわけで、ぼくが読者層を意識せずに何かを書いていても、読みにきてくれる方はいます。

けれど、ターゲットを絞って書いていない場合、たとえばノンポリの方がこのブログを呼んでくれたとして、ぼくの気の抜けた記事を読んで楽しんでくれたとしても、次の記事で突然政治の話題になったら、警戒して読むのをやめてしまうでしょう。


逆にふだんから積極的に政治の話題を書いていて、そこへ政治に興味のある人が来てくれたとしたら、気の抜けた記事を読んだときに退屈に思ってしまうかもしれません。

そういうところでの中途半端さみたいなものは、できればこのブログでは省いていきたい。


かといって、読み手のことを考えるあまり自分の書きたいことが書けないのもつまらないので、結局このあたりの兼ね合いはけっこう大事だと思うんですよ。

個人的にはもう少しくだけたスタイルで、日常のしょうもないことを中心に、政治に絡まないニュースを取り上げながら書き進めていくのがいいかなと思ってます。


そんなに毎日変化があるような生活をしていないし、今の時期だったら「今日もズッキーニ収穫しました」「今日もズッキーニ収穫です」なんて記事を書いても仕方ないんで、ある程度ニュースや時事的な話題に頼らないと記事が書きにくいんです。

ちなみに今日もズッキーニは収穫しましたけども。


結局のところ、「宗教・政治・スポーツの話題を避ける」というルールを厳守しながら記事を書くというくらいの縛りがよさそうですね。

ちなみに宗教・政治・スポーツ(とりわけ野球)の話題は、3大モメやすい話題で有名です。

キャッチコピーについて考える

さて、だいぶ煮詰まってきた感じがしてきました。

あとはキャッチコピーですね。たとえばこんな見出しはどうでしょう。

「〇〇! 〇〇の短文エッセイブログ」

この〇〇に、くすぐるような言葉を入れていくわけです。

ほら、「突撃! 隣の晩御飯」みたいな感じ。

「開運! なんでも鑑定団」みたいな感じ。


「爆笑! 赤貧百姓の短文エッセイブログ」

うーん、なんだろう。大風呂敷と自虐がすごいな。

いや、赤貧百姓で間違えてないけどさ。
ぼくが見出しで落ち込んでしまいますよ、これは。

あとこのブログのどこにも爆笑の要素ないし(´・ω・`)

でも方向性はこれでいいと思います。


「微笑! 生活ギリギリ百姓の短文エッセイブログ」

風呂敷を小さくして、自虐感を少なめにしてみたんですけど、驚くほど訴求力がなくなりましたね。
プロデュースという観点でいくと、これはまったくダメだと思います。


「必見! なんのとりえもないわたしが一週間で100万円稼いだ短文エッセイブログ」

はい、アレですね。
ええ、アレです。


「いとおかし! 半農半ブロガーの短文エッセイブログ」

引っ張られたよね?
ぜったい枕草子に引っ張られたよね。

……(^ω^)

……でも、なんかこれ、ぼくは好きだな(・∀・)


うーん、なんか思い付きでつけた「いとおかし!」がなんとなく自分の中でいいなあと思えてきました。

もしかしたら一日寝かせたら「あのときのぼくはこれの何がいいと思ったのだろう」と考え直すのかもしれませんが、今のところ、ちょっといいのを思いついた気がします。


というわけで、おおむね2時間ほどのセルフ会議となりましたが、いったんこのへんでお開きにしたいと思います。

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