日本人の昔の死因トップは、結核や肺炎だった

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すごいよ津軽弁


「こいんだば わんつか ねでがら ひっぱりへ」

なにこれ(´・ω・`)

画像をみると、津軽弁だということはわかりますが、それ以外はまったくわかりません。

ぜんぶひらがなで、真言とか呪文のようにもみえます。

まったく意味がわからなかったんですが、こちらのツイートで意味がわかりました。



「ひっぱりへ」で「運転しなさい」なんですね。

これはやっぱり「引っ張る」からきてるのでしょうか。

昔の人力車だったら「車をひっぱる」という言い方をすることもあるかな、と思いますが、現代の車は運転するものだからなあ。

そもそも、「ひっぱりへ」が引っ張るからきているのかどうかもわかりません。


この津軽弁の意味がわかったとき、かなり楽しかったので、この調子で日本各地の方言とその意味をまとめた本なんかがあったら、買ってみようかなと思うほど。

しかしすごいよ、津軽弁。

日本人の死因の推移

ふだんからお世話になっていたご近所さんの姿を最近みかけないな、と思ったら、がんが見つかって放射線治療をしていたというので驚きました。

そういうことがあってもおかしくない年齢ではあるのですが、幸い治療が功を奏して腫瘍はずいぶん小さくなったのだそうです。

ひと安心しました。


最近それにしても、どこそこの誰彼ががんになって……という話をほんとうによく聞きます。

この狭い集落でさえ、一年に数人、がんがみつかったという話を聞きますから、なんとも沈鬱な気分になります。


それで、ちょっと気になったのが、日本人は昔そんなにもがんにかかっていたんだろうか、ということ。

調べてみたら、意外なことがわかりました。


厚労省のデータや各ホームページなどを参考にしてみたのですが、今から100年ほど前は日本人の死因トップは、結核、そして肺炎と続きます。

それと同じだけ高い死因が、胃腸炎。

現代の死因のトップ3がまったく入ってこないんですね。

しかし抗生物質が誕生してから結核と胃腸炎による死は激減していきます。


悪性新生物による死は戦後一気に増えるのですが、個人的にこれは、医療上の精度が高まって「がんが発見できるようになった」ということだと思っています。

つまり、戦前には自分ががんであるということがわからないまま死んでいった人が相当数いるのではないでしょうか。


夏目漱石の短編『変な音』では、自身が胃病で入院している際に食道がん、胃がん、直腸がんの患者が入院している描写があります。

さきのグラフではほとんど数字になっていない悪性新生物ですが、この作品が執筆された当時、明治から大正にかけての時代からがんで入院していた人は相当数いたわけです。


その漱石の死因は出血性胃潰瘍で、がんではありません。

しかしおそらくもし胃潰瘍が寛解したとしても、その後漱石は胃がんになっていただろうと思います。

つまり当時の人たちの多くは、がんであるかどうかもはっきりしないまま亡くなるケースと同時に、明らかにがんであるとわかるよりも前に何らかの疾患で死んでいたケースも多かったのだろうと思います。


戦後の平均寿命は50歳ほどで、昭和50年代でも日本人の平均寿命は60歳あたりでした。

戦後30年くらいは、だいたいみんな60歳まで生きられたら上等だ、という人生だったわけで、医療に頼らずに生きていく場合は、今でも似たようなものじゃないかと思います。


ぼくが子供のころは、80代まで生きて亡くなったら、ぼくの周囲の大人たちは、まるで死んだことがいいことだったかのように「いやあ、大往生でしたなあ!」なんて言ってたものです。

それで今の時代は、もう80代は平均寿命のちょうど真ん中で、ふつうに生きてたら80歳までは当たり前のような雰囲気になってきました。
当然80代で亡くなってもそれを大往生という風潮も今はもうないですね。


死因のトップががんになるといのは、日本の高寿命化にともなう必然だということなのでしょう。

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