共同体の崩壊と、8050問題

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家族と同居するひきこもりの孤独死

こんな記事をみました。


解剖医が「ミイラになった遺体」から考えた、この国の厳しすぎる現実

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190708-00065555-gendaibiz-life&p=1

 解剖台のミイラ化した遺体をながめながら、この男性も一人暮らしをしていたのではないかと思った。

だが、遺体が見つかった時の状況を警察の人から聞くと、意外なことがわかった。男性は一人暮らしをしていたわけではなかった。両親と同居していた。

親と同居していたのに、なぜ、体がミイラ化するまで遺体が見つからなかったのだろうか。

20代の頃から、男性はほとんど自分の部屋にひきこもる生活をしていたらしい。大学を卒業して就職したのだが、職場の人間関係の不具合で退職した。その後、いろいろと仕事はしたようなのだが、結局のところ、部屋にひきこもるようになってしまった。

ここ数年の間は、ほとんど両親と顔をあわすこともなかった。男性の部屋から物音がしないことを不審に思った親が部屋に入ってみると、ベッドからずり落ちるような格好で男性は亡くなっていた。


8050問題というのは、80代の親が50代のひきこもりの子の面倒をみるという社会問題をさす言葉ですが、日本の有史以来このような家族の形はありませんでした。


今から200年もさかのぼれば、多くの人の暮らしは生活することイコール働くことでした。

食べ物を生産したり、家事をしたり、木を切ったり石を削ったり、生活することがそのまま仕事だったのです。

だから、ひきこもるような状態になったら、それはもう直接的な死につながります。


けれど現代は、貨幣が手元に残るのであれば泥棒だろうがデイトレーダーだろうがそれが仕事になってしまいます。

産業革命以降、あらゆる仕事は分業制になり、効率化が実現しましたが、「生産=仕事」が必ずしも成り立たなくなったのです。


日本では戦後ベビーブームが起こり、団塊の世代、団塊ジュニアと続きました。

その間にいよいよ多様性を守る共同体が崩壊しました。

核家族化が進み、近所付き合いが希薄になり、これまで地域が手を携えてやっていたことはすべて行政や福祉事業に任せきりになってしまいました。

結果、われわれは家庭という小さなコミュニティと、仕事場以外に暮らしの接点がなくなってしまいました。


少子化によって経済力が亡くなり、行政や福祉がパンクしてしまいつつある今、仕事を失った人や、家庭というコミュニティに居場所がない人たちを、救いあげる場所がないほどの社会の断絶が起こってしまったわけです。

8050問題は、日本で暮らしているにもかかわらず、まるで無人島に漂流してしまった人たちをみるような気がします。


「この子は外では何もできんから」というような子にクワ一本持たせて、社会とはうまく関われなくても、集落の人とつながりながら、自分ひとり食っていけりゃそれでいいよ、というような三反百姓の道が、今の日本には少ないですね。

ぼくはどちらかというとそういう生き方をしていますけど、もっとこういう生き方がスタンダードになってもいいように思えます。

みわ

京都府の福知山動物園で昔「イノシシの背中に乗る子ザル」というのがいて、ずいぶん人気を博してカレンダーが発売されたりするようなアイドルぶりだったのですが、このサルが先日動物園の檻から逃げ出したそうです。

このサルの名前は「みわ」といいます。


それで、近畿圏だけで騒いでいるのかもしれませんけど、連日サルが脱走したというニュースをみかけました。

結局、昨日市内の畑のキャベツやらダイコンやらを食べているサルをみかけたということで、そこに檻を設置したらみわが捕まったのだそうです。


おもしろかったのは、この動物園の園長が「もうずいぶん反省してるみたいですし」とか、「ずいぶんしょげていて」と、サル目線のコメントを出していたことです。

ぼくは百姓でふだんからサルには悩まされている側ですから、あんまり動物園側に同情はできないんですけど、園長さんとみわの関係性がおもしろかったので、一度福知山動物園に行ってみたいものだなと思ってます。


ちなみにみわが脱走したことで、今は動物園は閉園しているのだそうです。

じつはTwitterのアカウントを取得しました

Twitterをまたやっているのですが、今回はフォロワーさんを作らないようにして、1日に数回つぶやいています。

不思議なことに、フォロワーさんがいなくてもアナリティクスではぼくのツイートにインプレッションがあるんですよね。

それも、以前ツイッターをしていて、フォロワーさんが400人ほどいたときと同じくらいのインプレッションがある。


もしかしたら、フォローしているということと、自分の影響力にはそんなに大きな関係がないのかもしれないな、と。

むしろ、つぶやいている内容のほうが大事なのかもしれません。


それで、気が向いたらトレンドからツイートをみて「いいね」をしていくようにもしているのですが、これはまあ多少ブログのアクセスにつながっているようです。


と、つまり今回はずいぶん血の通わないTwitterの楽しみ方をしているわけですが、案外新しく始めたことで見えてくることが多くて驚いています。

コットンマスク

先日、使い捨てのコットンマスクが安売りしてたので購入して、昨日初めてつけてみたんですが、不織布のマスクと比べて肌触りが柔らかくて優しくて、とてもいい感じです。

汗をかいたときに不織布のマスクは水滴が浮いてくるんですが、コットンの場合はタオルのように吸い込む感じです。


不織布のマスクと比べると割高ではあるんですが、この使い心地はいいなあ。

ぼくはアレルギー持ちで、畑仕事をしてる時もマスクをしてるのですけど、これは常用したいなあ。

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