カス丼について

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カス丼

昔、天かす丼なるものにハマったことがあります。作り方はごくかんたん。

市販の天かすでもスーパーで売ってる安い天かすでもよくて、それとネギをだしと一緒に炊いて、それを卵でとじたら、ご飯の上に載せる。最悪、ネギすらなくても成立します。

まあ、ふざけた料理だと思います。天丼でもなければ、親子丼のような風情もない。何か、貧困を乗り切るための食事というか、ともかくカロリーがとれればそれでいいといった感じ。

しかしぼくはこれを「カス丼」と称して喜んで食べていました。カツ丼ならぬ、カス丼。

あんまり健康的でない食べ物というのは基本的にものすごくおいしいものです。


それで、つい最近になって、あんな料理を昔食べていたなあ、と思い出して、何気なく調べていたら、ぼくがカス丼と呼んでいたあれは、どうも関東では「たぬき丼」と呼ばれているのだそうです。また滋賀県では「ハイカラ丼」と呼ばれているらしい。

何、あれ、外食として成立してるメニューなの? とちょっと驚きを隠せませんでした。

写真をみると、三つ葉が載せられていて、まああれが載っているだけで上等なものになるし、上等なだしを使っていればじゅうぶんうまいだろうし、ぼく自身あれはたいへんおいしいものだと認識しているので文句はないのだけど、家で安上がりに作るものだという意識がなかなか抜けない。


まあ何が言いたいのかというと、よそでハイカラ丼、たぬき丼という名前でも、ぼくの中ではあの若いころに喜んで食べてた「カス丼」なのだよなあ、ということなのです。

……。

ところで、書き手ならわかってもらえると思うんですけど、書き出しは好調なのに、着地点が定まらない話ってありますよね。

ええ、今回の話がそうなのです。

台風一過

お盆も終盤ですが、台風10号は当地ではそこまでひどい風雨をもたらすこともなく、今のところ野菜にも被害はなく、よいお湿りをもらった、というような状況です。

なにせぼくはJAの指定する地場野菜を作っているわけでもなく、したがってうちで作ってる野菜は災害による補償もありません。

吹けば飛ぶような貧乏百姓ですから、災害には「気を付ける」しかないのです。

いやあ、しがらみのない貧乏百姓なのはいいけれど、ずいぶん頼りない話ですなあ(笑)


オクラはだいたい8月中の台風では倒伏はしないですね。今回も大丈夫でした。

9月を迎えて、自分の背丈を超えるくらいになってくると、台風一発でがしゃがしゃに倒伏します。

それでも収穫自体はできます。10月にはもうほぼ収穫も最終盤になるのですが、これまでの間は倒伏したオクラを収穫することになります。

今回の台風で倒伏したのは、ちょうど出穂してきたトウモロコシでした。残念ながら、ぺったんこに折れてしまって、このまま枯れるのか、何とか持ち直すのか、様子をみます。

ほんの数株しか育てていない自家用のトウモロコシだから、まあどうでもいいや、と営利にしていない野菜は、ほんとうにいい加減に育ててしまうものです。

高校野球

今年の夏は、収穫最盛期を迎えるにあたって、足を捻挫しちゃうわ、腹をこわすわと、二重苦に苦しめられたのですが、ひょこひょこと痛みをこらえて歩かざるを得ないような状況でも、収穫は待ったなしですから、ともかくやります。

痛いなあ、つらいなあと言いながら、やっているうちに、数日すると徐々に楽になってくる。

今もまだ体調は完全によくなったとはいえないんですが、少しずつよくなっていて、まだ仕事ができる程度の体調不良でよかったと胸をなでおろすあたり、なんだか自由人になりきれず、勤め人のメンタリティがなかなか抜けないものだな、と思います。


それで、今高校野球をみてるんですけど、彼らはじつに元気ですね。

比べる対象がいなければ、ぼくはただ足をくじいて腹を壊しながら野良仕事をしている男、ということでいいのでしょうが、こうやって高校野球をみていると、ああぼくは年老いたのだなあ、と思わざるをえません。

「若いとはすばらしい」という言い回しはそれこそ若い時分から知っていて、そんなことを年長者から言われても、若さの只中にいたときは、最初から勝手に手に入っていたものなのだから、すばらしいといわれたって困惑するしかありませんでした。

今になってあれはつまり、若くなくなった人が、自分の通り過ぎた時を思うてため息をつき、それとなくうらやんでいた、ということなのだと気づきました。

若いとはすばらしい。若いとはうらやましい。

彼らならきっとぼくよりずっと元気に野良仕事をやってくれるのだろう、なんてことを想像したりもします。

ぼくはもう、若くなることができないのです。

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