今、日本で起こっていることと、その将来について

大風呂敷を広げたタイトルですけど、たいしたことは話しません。

たいしたことではないけど、知らない人からすれば、けっこう腑に落ちる内容になるだろうと思ってます。

まあ、とりあえず書き進めてみましょう。

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かなり前の日本で起こったこと

江戸時代以降日本は太平洋戦争が終わるまで、厳格な統制社会でした。

「天下統一」といいますけど、あれは言い換えるなら、日本を統制したということです。

その日本統一の足掛かりを作った織田信長は不思議な人間で、天下統一に向けて圧倒的な武力による弾圧を繰り返すと同時に、経済面では自国民に楽市楽座を開いて自由を与えました。

西洋社会との貿易にも積極的で、感覚的には今の中国共産党のような、国内を徹底的に統制すると同時に経済自由化にも積極的な姿のようです。

そのような合理的なアメとムチの使い分けができる支配者は、当時の日本では信長以外にはいませんでしたし、だからこそ鉄砲のような武器を先進的に利用して有利に戦を勝ち抜くことができました。

信長が死んで天下統一が果たされ、江戸幕府が樹立した後は、大坂の堺が特例的に幕府の抑圧の少ない自由都市として、日本経済の中心を担うようになりました。

ほかの地域はおおむねすべて、幕府を頂点とした支配的な封建体制が敷かれました。

統制が行き届いた地域では、経済的な発展は犠牲になります。

しかし大きな戦争のない、平和な幕藩体制があれほど長く続いたのは、やはり厳格な統制によるところが大きかったのです。

ところで司馬遼太郎によると、太平洋戦争では大阪の兵士は非常に弱かったのだそうです。

なぜかというと、大阪には堺という自由都市があったため、大衆が幕府という権力を恐れない気風を持っていたといいます。権力を軽んじる気風は明治以降も続き、太平洋戦争において兵士の弱さにつながったと指摘しています。

権力を恐れないということは、容易に反権力につながるということでもあります。

大衆に自由を与えればお金は儲かるのに、経済的繁栄を抑えてまで統制を敷くのは、大衆の反権力の気風を抑え込むためでもあります。

実際、江戸時代が終焉する約30年前、すでに幕藩体制に対する不満は全国的に高まりつつありましたが、その不満が最初に噴出したのは、大坂でした。

いわゆる「大塩平八郎の乱」なのですが、あれは天保の大飢饉をきっかけとして、汚職や腐敗が進み、大衆の苦しみを汲まない幕府に対して、ほかならぬ幕府の役人である大塩平八郎を中心として武装蜂起を行ったというものです。

この武装蜂起は鎮圧されますが、1837年に放った革命の矢は全国へと広がり、1868年に討幕が果たされるのです。

さて、ダラダラとしゃべりましたけど何が言いたいかというと、ごく単純なことです。

  • 体制が手綱をゆるめて自由な社会を作ると経済は発展する
  • 統制的な社会では経済の発展や民衆の自由は弱体化する

少し前の日本で起こったこと

明治から大正にかけて、日本では自由化が進みました。「文明開化」といいますが、脱亜入欧といって、アジアの一国としての日本から脱して、産業革命によって先進的な文明を切り開いていた西洋文化を取り入れ始めたのです。

このときの日本では民衆の自由を求める動きも活発になります。その動きは大正デモクラシーによって熱狂的な高まりをみせます。

しかし、対外的な戦争による戦争特需と戦後恐慌、関東大震災によるパニック、そして世界恐慌など、民衆の不安の高まりと世界的な政情不安は日本人に芽生えた自由な気風を奪います。

二二六事件以降、軍部が政治に深く入り込むようになり、日本主義が台頭しました。

暴力による支配と、完全な統制。大正デモクラシーはどこへやら、とうとう西側社会主導の連合国から敵国とされると、内需もまかなえなくなり、燃料や鉄、食料にも困るようになります。

「欲しがりません、勝つまでは」です。

統制によって経済や文化は発展しないどころか、本土決戦に至り徹底的に破壊されました。

太平洋戦争が終わったときの日本は、経済も、文明も、それどころか日本主義というイデオロギーさえ失いました。

天皇制による国体護持以外は、何もかも失ったのです。

その天皇も、元帥でもなければ現人神でもない、「日本の象徴」となりました。

そのかわりに突如として入り込んできたのが、アメリカによってもたらされた民主主義と自由主義です。

それは戦前の日本をよしとする支配者層には不服でしたが、大衆にとっては複雑な思いはあれど結果的に歓迎すべきものでした。

「産めよ育てよ」でイザナギ景気、高度経済成長、バブル経済と、日本は半世紀で未曽有の経済発展を遂げます。

くしくも戦前の日本主義的な精神が、自由主義社会でいかんなく発揮され、あの小さな島国がアメリカを飲み込むほどにまでなったのです。

さて、そこで話を少し戻します。

  • 体制が手綱をゆるめて自由な社会を作ると経済は発展する
  • 統制的な社会では経済の発展や民衆の自由は弱体化する

日本は戦後、全国的に開かれた自由社会の中で、経済を発展させました。

しかし当然、戦後の日本では反権力的な気風も高まりました。

政治面では自民党の中で保守派とリベラル派、ハト派やタカ派といった多様性がないまぜになり、世論によって内閣はしょっちゅう入れ替わりました。

自由な社会になることで体制のチカラが弱体化し、世論に対して権力を維持しきれないのです。

戦前戦中の内閣もよく入れ替わりましたが、その理由はおおむね閣内の問題や、戦争責任によるものでした。

今の日本で起こっていること

安倍政権が長期政権を維持しています。

そして、これは日本に限ったことではありませんが、体制主義的、保守的な考えに転向する人が増えてきました。

もうここまで読んできた人には、理解できるのではないでしょうか。

再三になりますが、もう一度書いておきましょう。

  • 体制が手綱をゆるめて自由な社会を作ると経済は発展する
  • 統制的な社会では経済の発展や民衆の自由は弱体化する

つまり今の日本で起こっているのは、体制が手綱を締めることで民衆の経済力と自由が弱体化し、統制的なチカラが高まっている状態です。

その過渡期といっていいでしょう。

政治以外の権力も統制的なチカラの高まりを敏感に察知していち早く、体制にすりよって利権の恩恵を受けることに夢中になっています。

あるお笑いを中心とした大手プロダクションが露骨に政治的なプロジェクトと結びつく。

インターネットで体制派による組織的なロビー活動が活発になり、自由主義的な考え方を抑圧していく。それに付随してある大手SNSが体制的なアカウントを厚遇するようになる。

国会の予算委員会のたびに、警察が有名人の覚醒剤や大麻の逮捕者を出し、メディアが大騒ぎし、国民による政治世論の高まりを防ごうとする。

何気なく生きていると見過ごしてしまいそうな景色の中に、「自由な日本」から脱皮してより「統制的な日本」へと向かっていく姿があります。

といっても自由主義による経済発展は世界中で行き詰まりをみせていますし、そういうときにとる大衆の行動はどこも同じく体制主義的になるようです。


さて、そろそろ終わりにしましょう。

世界情勢も踏まえると日本のこれからはあまり楽観できる状況ではないのだろうな、と思わざるをえませんが、悲観ばかりもしていられません。

われわれには先人の残したわだちがあります。たった数世代前の先人が戦争によって流した血でできたわだちです。

人間はいっぺんに進化することはできないし、歴史は繰り返すものですが、わだちを踏まないように努力することはできるはずです。

今の日本に起こっている変化を、単なる戦前回帰ではなく、新しい平和な時代へ導くことができるものかどうか、ぼくはぼくにできる努力をしながら、見守りたいと思います。

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