杜子春とわたし

男「ぼくという人間はアカンやっちゃからなあ」

女「なにが? この前言うてたけど、あんたが田舎暮らししてる理由とか、大阪帰らないかんかも、とかそういうことか?」

男「うん」

女「アカンかどうかはわからんけど、人生フラフラしとるよなあ」

男「ぼくはじぶんの健康不安とか、もともといろいろな問題を抱えてるけど、そんなこと以上に、しがらみも多くて、そういうことに振り回されてるからアカンねん」

女「あんた、さびしいやっちゃなあ」

男「さびしい?」

女「だってそうやんか。じぶんの好きなように生きたかてええのに、そういうことも我慢して田舎暮らしして、挙句せっかく積み上げたものをぜんぶ崩れそうになって、それでもええ言うてあきらめついたような顔しながら、なんかあきらめきれてない」

男「そうかもしれんなあ。じぶんでも、なにやってるんやろうかと思うよ。でも、過去はともかく、ずっとさびしいわけちゃうやろ?」

女「うん」

男「なにがどうなるかわからんけど、筋道を間違わんように気を付けて、こういうことやという生き方するしかないやん」

女「そうやな。それは大事やと思うで」

男「それであきらめなアカンことがたくさんあるのは、しゃあない」

女「ほれみてみいな、さびしいことを考えてる」

男「それでも、しゃあないねんって」

女「そら、しゃあないこともあると思うけど、それはあんたがアカンということとは別個やと思うわ」

男「そうか?」

女「芥川龍之介の杜子春やな」

男「トシシュン? なんじゃそりゃ?」

女「どんな話か聞くか?」

男「べつにええわ」

女「聞け」

男「わかりました」

女「古い中国の話なんやけどな。貧乏やし住む家もなし、人生おもろないしもう死んだろかと人生をあきらめてた杜子春という男が、仙人に会うねん。そしたら事情を知った仙人が仙術を使っていっぱいのお金を杜子春にくれたんやけど、杜子春、金の使い方わからんから、ぜいたくばっかりして一年やそこらでぜんぶ使い切ってまた素寒貧になった」

男「へえ、なんかバブル時代の日本人みたいな話やな」

女「そうやろ? そこへまた仙人があらわれるねん。そしたら今度は杜子春は、お金持ちになったらみんなちやほやしてくれたけど、お金がなくなれば人の心も離れた。お金はむなしい。かといってもとの貧しい暮らしでいい、と思えるほど達観もできていない。じぶんはあなたの弟子になって、仙人になりたいって言うた」

男「はあ、仙人になりたい、か」

女「そしたら仙人が杜子春を仙界に連れていってな、これから西王母(神仙)にお会いしてくるから、その間待っとれ、じぶんがいなくなればいろいろな魔性がおまえをたぶらかしにくるけど一切口をきいたらアカン。もし口をきいたら仙人にはなれへんぞ、と言い聞かせるねん。それで杜子春はひたすら黙った」

男「ずっと黙ってるの、しんどいやろな。黙っておられたんか?」

女「うん。杜子春はありとあらゆる魔性のたぶらかしに耐えるねん。でもとうとう杜子春は魔性に殺されて、魂が抜けて地獄へ行くことになる。そこで地獄の王にさえ口をきかずにいたら、頭にきた地獄の王が獄卒を使って、畜生道に落ちて馬となった杜子春の父親と母親を連れてきて、鞭でしばきたおしよるんや」

男「えげつないことしよるなあ。それでも杜子春黙ってるん?」

女「そこやがな。杜子春ずっと黙ってるねん。でも獄卒の鉄の鞭に打たれて肉も骨もぐちゃぐちゃになって横たわってる母親がか細い声で、心配はいらない、あなたが幸せになれるんやったらかまわないから黙っておきなさい、と言うたんや。そこで杜子春心を打たれて、とうとう泣き崩れて、”お母さん”とひと言」

男「口をきいてしまったんやな」

女「そう。そこで杜子春、ふと気が付いたら仙界に行く前の景色になってて、目の前に仙人もいてる。仙人は、もしおまえがあの局面でなお口をきかずにいたら、わたしがおまえを殺すつもりだったというねん。で、杜子春は、いろいろわかりました。じぶんはもう大金持ちにも仙人にもなろうとも思いません、人間らしい正直な暮らしをします、と言ったという話」

男「はあ、なるほど。生きる希望もない時期を経て、大金持ちも経て、貧乏で人からさげすまれる時期を経て、人間から解脱して仙人になろうと修行する時期も経て、結局じぶんは人間らしく生きるしかないんだという気付きを経るわけか」

女「ようわかっとるやん。あんた、仙人と会う前の杜子春みたいなところあるで」

男「なんじゃそりゃ!? 生きる望みなさそうにみえるか?」

女「いや、それはどうかわからんけど、さびしそうなのは間違いないわ」

男「ああ、きみはずっとぼくのことをさびしいって言うてたもんな」

女「なんというか、あんた、分をわきまえて人間らしくつつましく生きていくしかないってのがわかってるのに、じぶんのことをわざとアカン人間やというたりするあたりは、まだわかってないやんか」

男「ああ、そうか。じぶんの生き方を肯定しきれてないよな」

女「そう。あんたは杜子春やから、もうそのつもりで生きたらええねん。ちなみにこの仙人、最後に杜子春に畑付きのじぶんの家を与えてあげるねんで」

男「おお、太っ腹やなあ!」

女「ハッピーエンドやろ?」

男「そうやな」

女「あんたもどこへ行くにせよ、どのように生きるにせよ、帰る家があるんやからそれだけでも幸せやねんって。そこで生きてるかぎり、つつましくてもじぶんの暮らしをしてたらええねん」

男「そうか。ホンマにそうやな」

女「ちょっとはわかったか?」

男「ようわかりました、仙人様(笑)」

女「よろしい(笑) わたしが西王母やとようやく気付いたようやな?」

男「ええ!? そうやったんですか! そらえらいこっちゃ、仙術でいっぱいお金ください」

女「なんもわかってへんやないか!」

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