【漱石のイデオロギー】夏目漱石『私の個人主義』から読み解く現代の日本

夏目漱石の著書はもう著作権が切れていて、青空文庫などから無料で作品に親しむことができます。

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漱石の作品はユーモアと知性、ふかい洞察力と含蓄が独特のテンポで彩られています。ああいう不思議な文体というのは、やっぱり明治以降に広まった言文一致のパイオニアとしての自由さによるもので、文章を読むだけで漱石だとわかります。

そんな漱石なんですが、常日頃あまり社会思想をあらわにするようなことはしておらず、著書を読んでいてもあまり色合いを感じることはありません。

しかし『私の個人主義』という、大正三年の学習院における講演の内容を写し取った作品では、漱石の社会思想がかなり具体的に語られているのです。

今回はこの漱石の作品から、彼がいまの日本をみてみたらなにを言うだろうか、ということを考えてみたいと思います。

この作品ではまず、漱石のこの講演を受けた事情から始まり、そこから漱石自身の学生のころの話に移り、次第にどうして彼がじぶんなりの個人主義的性格を身につけていったのかということが語られます。

若いころの漱石は『坊ちゃん』とおなじく、じぶんでも頑固で融通の利かないところがあったと認めています。

そして東大の英文学を専攻していた学生時代から、高等師範の教師を経て、英国留学をします。

ところが漱石の英国留学というのは、彼をノイローゼにするばかりだったのです。

そのようなことになる理由については、俯瞰してみればぼんやりとみえてくることがあります。

森鴎外はドイツへ留学して、おおいにドイツの気風と馬が合って、意気揚々と日本へ帰ってくる。

漱石はまったくイギリスの気風になじめず、ノイローゼになって日本へ帰ってくる。

この違いは、それぞれの国の社会思想に彼らがなじめるものだったか、そうではないかという話に尽きます。

少し鴎外の話をしますが、当時にはのちにいわれるナチズムなんて社会思想は存在しなかったけれど、そういうものの萌芽する土壌はあったと思います。そして当時の西側諸国では人権や自由主義の空気が醸成されつつあったものの、まだまだ白人至上主義的で、異国の人間を当たり前に受け入れるような風土はなかったはずです。

ところが鴎外はそんな国に医師として留学して、『舞姫』で語られますが、現地の女性と自由恋愛などもしてしまうくらいになじんでしまう。

沈鬱に思索にふけりこんでしまった漱石とはえらい違いです。

話を漱石に戻しますが、彼は英国の社会思想はおおいに認めるものの、英国がきらいだというのです。

英国に行って漱石は、「自分本位」という考え方を身につけます。

今の日本もそうですけど、外国の権威であるノーベル賞を日本人が受賞したというと、その瞬間突然その人の功績がたたえられるようになります。

外国から認められて、ようやく日本のアイデンティティが確立するかのような他人本位な姿勢は当時の日本でもおなじだったようで、漱石も他人本位に埋没していたのだけど、イギリスに留学しながらそれではだめだと気付きます。

「自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似」をしていては、自分の仕事は成し遂げられない、と思い至り、自分自身で道を切り開く自分本位こそが大事なのだと気付くんですね。

このあたりから、個人主義に徐々にむすびついてきます。

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昔は個人主義は危険思想だった

ところで、漱石の生きた時代には、個人主義は危険思想とみなされる風潮が強かった、ということを理解しないと、この作品を理解するのはむずかしくなります。

というのも、この講演で漱石はしばしば、じぶんの言う個人主義は、あなたがたの思うような危険思想ではなく、このような意味なのだということを説くのです。

大正三年、太平洋戦争がはじまる30年近くも前、すでに日本には軍国主義、全体主義のイデオロギーが満ちつつありました。

大正デモクラシーといわれるように民主主義運動も活発でしたが、あれはわれわれが教科書で学習するような、日本が明治に文明開化をして以来、国民に権利が与えられたから自由を主張できるようになった明るい時代なのだ、というような単純な話ではありません。

じつは日本主義的な抑圧がどんどん高まってきていて、それに対抗するために民主主義運動も活発化していて、思想の対立が激化していた時代なのでした。

あの時代の空気はまるで、現代の日本やアメリカをみるようです。

しかしこの作品のような思想を発表することが許されるという意味では、まだ大正三年当時は自由が許される気風だったのかもしれません。

現代に通じる漱石の思想

漱石はまるで現代の日本人のような不安を口にし、まるで現代人のようなことを言うのです。

 いったい国家というものが危くなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。国が強く戦争の憂(うれい)が少なく、そうして他から犯される憂がなければないほど、国家的観念は少なくなってしかるべき訳で、その空虚を充たすために個人主義が這入ってくるのは理の当然と申すよりほかに仕方がないのです。今の日本はそれほど安泰でもないでしょう。貧乏である上に、国が小さい。したがっていつどんな事が起ってくるかも知れない。そういう意味から見て吾々は国家の事を考えていなければならんのです。けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡(めつぼう)の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起らない先に火事装束(しょうぞく)をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈(か)け歩くのと一般であります。必竟ずるにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、――考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛(そくばく)し個人の活動を切りつめても、国家のために尽すようになるのは天然自然と云っていいくらいなものです。だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、いつでも撲殺(ぼくさつ)し合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。

最近の日本では、北朝鮮が攻めてくるぞとか、日本はどんどん貧乏になっているとか、東京で首都直下地震がきたら国家は滅亡してしまうぞとか、とかく政治もメディアも起こってもいない不安をあおります。

漱石のいう「火事の起らない先に火事装束(しょうぞく)をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈(か)け歩く」ようなことを、現代日本人もやっているのです。

しかし個人主義というのは社会がほんとうに危険になれば自然と引っ込んでいくものであり、危険をあおったり、だれかが無理やりその人の個人的な生活を抑圧するようなことをしなくてもいいはずなんだ、と漱石はいう。

ところで漱石は、いまでいうところの右翼団体のようなものに名前を貸したことがあったそうです。しかしその団体の主張がどうにも受け入れられなかったようで、この講演はそういった人たちへの反論のようにも受け止められます。

しかし漱石は、国家のことばかりを考えている人とは考えが合わないことを表明しながらも、じぶんが決して国家に反逆しているわけでもないし、「自己の個性の発展を仕遂(しと)げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならない」とも説明して、対立する気はない態度を示します。

そのうえで、本来個人主義は国家主義と対立するようなものではなく、個人が国家を意識せずに生きていても、それは結局国家のためになっているという主張をするのです。

豆腐(とうふ)屋が豆腐を売ってあるくのは、けっして国家のために売って歩くのではない。根本的の主意は自分の衣食の料を得るためである。しかし当人はどうあろうともその結果は社会に必要なものを供するという点において、間接に国家の利益になっているかも知れない。

自分は天性右を向いているから、あいつが左を向いているのは怪しからんというのは不都合じゃないか

ところで、現代の日本では日韓関係がこじれにこじれていますが、とうとう韓国からの訪日客が激減して、対馬では韓国人旅行客に向けた商売が大ダメージを受けているというニュースをみました。

ぼくは、ああいった職業に就いている人に向けて、国はどのような支援をするつもりなのだろうかと思いましたが、それは現代人的な考え方なんだと思います。

当時の日本ではおそらく個人が、なにか国のことで被害に巻き込まれたときに、積極的に国に賠償を求めるというような考え方はなかったと思います。

漱石の個人主義にしてもそうで、彼の主義思想は自分本位に根差しているのであって、他人の権威を借りたり、他人のチカラをアテにするようなことはよしとしていません。だから漱石になりきって答えるなら、国家の賠償を求めるよりも、さっさとじぶんで商売を鞍替えするなりなんなりしたほうがよろしい、ということになるでしょう。

その点、たしかに漱石の思想は決して左翼的なものではないし、かといってあの時代に流行しつつあった日本主義的でもない。バランスのとれた保守思想だということがわかります。

そんな漱石はこんなこともいいます。

 それで私は常からこう考えています。第一にあなたがたは自分の個性が発展できるような場所に尻を落ちつけべく、自分とぴたりと合った仕事を発見するまで邁進(まいしん)しなければ一生の不幸であると。しかし自分がそれだけの個性を尊重し得るように、社会から許されるならば、他人に対してもその個性を認めて、彼らの傾向(けいこう)を尊重するのが理の当然になって来るでしょう。それが必要でかつ正しい事としか私には見えません。自分は天性右を向いているから、あいつが左を向いているのは怪(け)しからんというのは不都合じゃないかと思うのです。もっとも複雑な分子の寄って出来上った善悪とか邪正(じゃせい)とかいう問題になると、少々込み入った解剖(かいぼう)の力を借りなければ何とも申されませんが、そうした問題の関係して来ない場合もしくは関係しても面倒(めんどう)でない場合には、自分が他(ひと)から自由を享有(きょうゆう)している限り、他にも同程度の自由を与えて、同等に取り扱(あつか)わなければならん事と信ずるよりほかに仕方がないのです。

ほんとうに漱石は戦前の人なのだろうか、と思うくらい、この一節は現代的です。

「自分は天性右を向いているから、あいつが左を向いているのは怪(け)しからんというのは不都合じゃないか」

という言葉は、今SNSでやれネトウヨだ、やれパヨクだと罵り合っている人たちにこそ届いてほしいものです。

漱石は、自分の個性を尊重するためには、以下の三カ条を守るべきだと言います。

第一に自己の個性の発展を仕遂(しと)げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴(ともな)う責任を重(おもん)じなければならないという事。つまりこの三カ条に帰着するのであります。

漱石の政権批判

さらにこの引用部分の前段の解説を読んでいると、まるで今般の安倍政権の桜を見る会問題への批判なんじゃないかと思えるくらいのことが書かれてあります。

私の考(かんがえ)によると、責任を解しない金力家は、世の中にあってならないものなのです。その訳を一口にお話しするとこうなります。金銭というものは至極重宝なもので、何へでも自由自在に融通(ゆうずう)が利く。たとえば今私がここで、相場をして十万円儲(もう)けたとすると、その十万円で家屋を立てる事もできるし、書籍(しょせき)を買う事もできるし、または花柳(かりゅう)社界を賑(にぎ)わす事もできるし、つまりどんな形にでも変って行く事ができます。そのうちでも人間の精神を買う手段に使用できるのだから恐ろしいではありませんか。すなわちそれをふりまいて、人間の徳義心を買い占(し)める、すなわちその人の魂(たましい)を堕落(だらく)させる道具とするのです。相場で儲(もう)けた金が徳義的倫理的(りんりてき)に大きな威力をもって働らき得るとすれば、どうしても不都合な応用と云わなければならないかと思われます。思われるのですけれども、実際その通りに金が活動する以上は致し方がない。ただ金を所有している人が、相当の徳義心をもって、それを道義上害のないように使いこなすよりほかに、人心の腐敗(ふはい)を防ぐ道はなくなってしまうのです。それで私は金力には必ず責任がついて廻らなければならないといいたくなります。自分は今これだけの富の所有者であるが、それをこういう方面にこう使えば、こういう結果になるし、ああいう社会にああ用いればああいう影響(えいきょう)があると呑み込むだけの見識を養成するばかりでなく、その見識に応じて、責任をもってわが富を所置しなければ、世の中にすまないと云うのです。いな自分自身にもすむまいというのです。

「金を所有している人が、相当の徳義心をもって、それを道義上害のないように使いこなすよりほかに、人心の腐敗(ふはい)を防ぐ道はなくなってしまうのです。それで私は金力には必ず責任がついて廻らなければならないといいたくなります。」

この漱石の言葉は、今、書類は破棄して見せられないとか、シュレッダーがどうのこうのと言い逃れを繰り返す、徳義心を失った政権や、また政権からぶら下がる金を目当てにすり寄って、政権への翼賛を繰り返している人たちにはどう響くでしょうね。

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