ダイコンの種を300円ぶん買ったら100本以上になって、ひたすらダイコンを食べ続けてる件

ぼくはダイコンをあまり栽培したことがありません。

シーズンになるとまるまると太った大根が1本88円あたりまで値下がりするでしょう。配達するのもかさばるし、どこでもだれでも作っているものだから、直売所でもすぐ競争が起こります。

ひとりで一年に何本大根を食べるか考えたら、せいぜい3本もあればいいでしょう。ひとり暮らしだと、育てるより買ったほうが安いくらいです。

ところが今年、何気なくダイコンの種を買いましてね。

ホームセンターでひと袋300円くらいのものをたったひと袋。「耐病総太り」といったいさましい名前のついたものです。

それで、種を一か所に3粒ずつまいてみたんですが、30cmに千鳥で植えて、100か所以上まけたんですよ。

300円の種でこんなに植わるのか、と驚きましたが、最初に土壌の虫を防ぐ農薬の使い方をまちがえて、土壌全体に混和するのを表面にまいただけにしてしまったので、地中のダイコンが肌荒れしてしまって、売り物になるような出来ではなくなってしまいました。

でも味は上々でね。

まあこれがほんとうにまるまる太って、困っています。

うれしい悲鳴とか、そういうんじゃなくて、ほんとうに困ってるんですよ。

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ひたすら、もったいない

ワンシーズンでひとり大根100本も食べられるものでしょうか。

このところ、1週間で2本くらい大根を食べています。さらに干し網でどんどん大根を干してるんですけど、一回で干せる量はそれでもダイコン2本ぶんほど。

漬物用にいちょう切りにして乾かしたものと、千切りにして切り干し大根用にしたものを作ってるんですが、食品乾燥機が壊れて以来、一回乾かすのに3日ほどかかるようになりました。

乾燥させるとダイコン2本が200gほどに減ってくれるので、これならダイコン100本でもかなり重量が減ることでしょう。

……いいえ、そんなことはありません。単純計算すると20kgもの干し大根になります(笑)

ひとり暮らしでそんなもん、どうせえっちゅうねんヽ(`Д´)ノ

昔の人ってダイコンばっかり食べてた印象がありますけど、なんとなくその理由がわかった気がします。

やろうと思ったら無農薬でもできないことはないし、今みたいにF1品種が出回るまでは、多少交配したって種取りは容易でした。比較的作りやすい野菜のひとつだったんだろうなあ。

現代でも交配種の比較的高い種でこんなに山ほど収穫できるのだから驚きです。そりゃあシーズンになったら市場にだぶつくよなあ。

それで、もうもったいないという理由だけでひたすらダイコンに追われる毎日を過ごしています。

ダイコン尽くし

ダイコンは収穫したら、水圧を高めたシャワーでいっぺんに土を落として、台所にもっていって、皮をむいて、3センチほどの厚さに切って、鍋に放り込みます。

それで10分間湯がいたら、湯がいたお湯を捨てて、今度はだしで煮ます。

このときお湯を一回こぼしておかないと、苦みやえぐみが強くなってしまいます。

それで、だしでさらに10分煮たら、あとはもう食事の時にひたすらこれを食べる。

これがいちばん大根を消費できる食べ方だと思ってます。

クセがないので、意外と毎日食べても飽きないんです。ここに鶏肉とかぶりとか入れると、鶏大根、ぶり大根ということになるんですけど、毎日食べるのだから余計なことをせずに、だしで大根を煮るだけのほうがいいです。

そんな調子で日々せっせとダイコンを消費します。

年に3本もあればじゅうぶん、と思ってるのに、まさか週に2本も大根を食べることになるとは。

さらにこの大根を干して、水で戻して湯通しして、浅漬けの素で味付けして、ご飯のおともにして食べます。

これはなんなんでしょうね。やたらうまい。噛むとバリボリバリボリものすごい音がして、この音を楽しんでいるようなところがあります。

漬物大根ってこんなにおいしかったっけな、とつくづく思うんですが、ご先祖代々ダイコンに親しんできたことで、もはやDNAにしみこんでるんでしょうか。そうとしか思えないくらい、しみじみうまい。

しみじみうまいけど、こんなにいらない。

ダイコンの歴史

世界で見れば、やっぱり文明の興りからあるもののようで、原産地はユーラシア大陸の中で分散しているものの、古代から親しまれていたことは間違いないでしょう。

日本では中国から渡来してきた後、国家の黎明期からあったようです。大仙陵古墳でも種が見つかったそうな。

ダイコンの品種はたくさんありますが、いまわれわれが食べているダイコンはほとんど、首の部分が淡い緑色をした「青首ダイコン」ばかりだと思います。

単純に分類して、白首ダイコンは漬物や煮物に。青首は甘くてみずみずしいのでサラダにも煮物にも使えるが、漬物には若干不向き、というような印象でしょうか。

ところが昔はダイコンというと白首が主流で、江戸時代までは青首ダイコンは愛知県春日町で宮重ダイコンが育てられていたくらいだったそうな。

江戸でも有名なのは白首品種の「練馬大根」ですね。

宮重ダイコンは京都に持ち込まれて聖護院ダイコンというまんまるな品種になって有名になりますが、青首ダイコンが市場を席巻するようになるのはたった半世紀ほど前からです。

ぼくはさっき「耐病総太り」という名前のダイコンを買ったといいましたが、これが現在の青首品種の代表格で、タキイ種苗が昭和50年ごろから市場に定着させたそうな。

少々やぼったい話ではありますが、江戸が舞台の時代劇で、青首ダイコンを外に干してるようなのをみると、「白首のほうが雰囲気が出るのになあ」なんてことを思ってしまいます。

まとめ

まあおいしいダイコンがたっぷり食べられるのは幸せなことです。

食べられないよりは食べられるほうがいいに決まってます。

ただ、こんなにいらない。

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