なぜブロガーがどんどん増えていくのに広告収益がきちんと分配されるのか

なんにもまとまってない状態で書くので、話がどんな方向にいくのかじぶんでもわからないんですけど、今日はブログがビジネスになっていて、じぶんもまたその恩恵を受けているということについて、少し考えてみたいと思ってます。

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パイの話

ブログ産業も、ビジネスという意味ではパイの分け合いになっています。

パイというのは、あの食べ物のパイから派生した言葉です。アップルパイとかミートパイの、パイです。

市場規模を食べ物のパイにたとえて、それを働く人とわけあうと考えるんです。

市場規模そのものが小さいと、パイが小さいということになります。パイが小さいと、みんなでわけられるパイの量も少なくなります。

逆にパイが大きいと、みんなでわけられるパイの量も多くなるし、取り分も大きくなります。

野菜百姓なので野菜販売でたとえます

ぼくはJAとはあんまりつながりのない百姓なんですけども、JAがやっていることというのは、日本最大のパイ(流通網)を所有して、ひろく農家にパイをわけあうことなんですよね。

なのでJAの事業に参加する農家たちは、ある地域で大々的にひとつの野菜をつくったりします。JAはそれを受け入れて全国に出荷するというチカラワザを繰り広げることができるのです。

パイが大きいと、こういうことができます。

ではぼくのような、地元の直売を利用しているような百姓はというと、ひとつの野菜を大々的に作ったとしても、それを飲みこんでくれるだけの市場がありません。

ひとつの野菜を受け入れる市場というパイが少ないので、多品目の野菜を作って、毎日少しずつ出荷する必要が出てきます。

パイの大きさがないなら、パイの数を増やすというわけですね。

ぼくはそういう商売をしているわけですが、まあ効率の悪さは実感しています。ただひとりで百姓をやっている手前機動力もなくて、しかも山間集落で圃場整備もされていないような畑ですから、こういうちまちましたスタンスで集落の景観保全も兼ねていると割り切っています。

このようなことを踏まえて、ブログの話に戻りましょう

ブログの場合はアフィリエイトだとかアドセンスといった形で収益を狙うわけですが、いちブロガーとしての不安を代弁すると、みんながブロガーになってしまったら、いくらパイが大きかろうとわけあえる大きさがどんどん小さくなっていって、結局もらいが減るんじゃないの、ということだと思います。

でも実際にはそうではなくて、逆なんですね。

また野菜の話で恐縮ですけど、直売所を想像してみてほしいのです。

新鮮な野菜が毎日たっぷり陳列棚におさまっているのと、スカスカの陳列棚が並ぶ直売所だったら、どちらを選ぶか。

当然、たっぷり野菜がある直売所を選ぶでしょう。

そして陳列棚が恒常的に足りないような場合は、直売所そのものが大きくなります。そうすることで売り場に余裕ができて、駐車場が整備されて消費者も立ち寄りやすくなり、またさらに農家を募ることもできるようになります。

農家が質の良い新鮮な野菜をたくさん運び続けるほど、消費者の数も増え、市場規模も大きくなる。

そのとき、農家の収入が減るかというとそんなことはなくて、相対して消費者の購買意欲も促進され、来客も増えるので、過度な値崩れが起こらないようにだけコントロールしていれば、売れ行き自体はさほどかわりません。

また長期的にみれば、多くの人が野菜を出荷すればするほど市場も成長してくれるのだから、じぶんの野菜も多く売れることになります。

ブログ業界もおなじことで、質の良いコンテンツを量産し続けていくことで、質が悪かったり鮮度の悪いコンテンツが淘汰されていくことはあると思いますが、よほど極端にバランスが崩れるのでなければ、ブロガーが増えてもパイの分け前が減ったりするようなことはありません。

そうするとブロガーのやるべきことはただひとつ

誰かに読んでもらえる記事を書き続けることしかありませんよね。

ただ量産に走るというやり方だと、将来的に進化していくAIに淘汰されてしまうのは間違いありません。

当然情報の受益者側にたって考えれば、「有益性の高い情報がよりわかりやすく、多角的かつ多く提供される」のが望ましいわけですし、AIはそのようにものごとを運ぶことでしょう。

そうすると、SEO対策でよく使われる手口ですけど、ただひたすら無難で文字数の多い記事を量産していくだとか、タイトルだけみると魅力的でも記事をみてみるとたいした内容でもない羊頭狗肉なものや、キーワード検索の抜け穴を探して奇をてらった記事ばかり書く隙間産業的なやり方は、やっぱり小手先の技術でしかなくて、サステナブルなブログ運営とはいえないように思えます。

サステナブルというのは、「持続可能な」という意味なんですけどね。

今のブログのSEO対策で叫ばれていることってその逆で、粗製乱造を推奨している面があると思うんですよ。

これは高度経済成長期の日本や、いまの中国をみていてもわかると思うんですが、成長期には粗製乱造が横行するんです。言い方を変えれば、粗製乱造は成長のエサのようなものです。

でも個人ブロガーが安易にそこに乗っかってしまうと、基礎工事がきちんとできていない家がある日突然崩壊するように、じぶんの粗製乱造コンテンツもまたある日、元も子もない崩壊の憂き目にあう可能性があります。

ブロガー全員がそういった羊頭狗肉と隙間を狙うことばかりしていたら、情報産業としてのブログ業界は滅びます。

『なぜブロガーがどんどん増えていくのに広告収益がきちんと分配されるのか』という今回の記事タイトルの答えは、ごくかいつまんでいえば、「情報産業のビジネス性が定着したから」です。けれどもう少し奥深いところで、そんなブログ業界の下支えをしているのは、読者の求めに対して相応の情報を提供する人です。

といってもブログでは文章芸術を極めるような能力がなくてもいいし、工業製品のような多生産もひとりだとできません。玉石混交が許される業界だとも思います。

だからこそ個人ブロガーはじぶんの矜持において、ある程度読み甲斐のある記事を市場に満たしていく心構えが必要だと思います。

ちょっと理想論をぶつような格好になっちゃいましたけど、組織に所属せず個人でやってるんだからじぶんの理想を求めるのはなにもわるいことじゃありません。

そのような記事を書き続けることで、記事をみてきてくれるお客さんの数も増え、市場規模もさらによりよい形で拡大していき、結果じぶんも含めて利益として還元されていくことになります。

ね、これだとサステナビリティでしょう。

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